ろ組の部屋は柔らかなまどろみが包み込んでいた。 耳をそばだてなくても、部屋の外まで漏れ出る鼾と寝息に、ほっと、胸をなでおろす。 ひさしの向こうに広がる闇は濃く墨を何度も重ね塗ったような色合いは、まだ朝が遠いことを示していた。 僕たちの部屋の戸に手を掛けようとして、はた、と気づく。 己にべったりと纏わりついた黄泉の匂いが、清らかな風に漂いだしていた。 井戸の水で身を清めるべきか、一瞬迷う。 その間にも、沈殿していく疲労と眠気に、ずぶりと呑み込まれそうになり。 布団を敷くのさえ厭う体の重さに、そのまま寝ることを選ぶ。 (留さんには悪いけど、我慢してもらおう) 戸に手を掛けたけれど、指先が乗っ取られたかのように自分のものじゃないみたいに上手く動かない。 混じり合っていた、あの生徒の温もりが薄れていく感覚だけが色濃くある。 ゆっくりと、すり合わせて、確かめる。 --------------僕は、生きてるのだ。彼は死んだのだ、と。 戸を開けると、つんとした匂いが鼻を突いた。 “彼”が医務室に運び込まれる前に煎じていた薬草の香りだろう。 まだ残っていることに驚きを覚え、すぐに、それは違うことだと思い直す。 (まだ、あの日から数日しか経ってないのだ) 最初は、一つしかない窓で時の巡りを数えていたけれど、やがて、そんな暇もなくなり。 籠るような脂汗と血と黄泉の匂いに、考えることすら億劫になって。 幾夜、彼が黄泉神と闘ったのかすら分からなくなった。 永遠にも刹那にも感じる、歪んだ時の流れが、あの部屋にはある。 闇に失われた視座が少しずつ収集され、ぼんやりとしていた輪郭がはっきりしていく。 その中でも特に、部屋の右と左の隅に、布団がほの白く浮かび上がっている。 その一つから、僕を穿ち見るような気配がした。 その気配を辿ると、背けられた彼の体が僕をはっきりと意識していた。 彼の唇が闇を揺らすんじゃないか、と一瞬期待したけれど。 ただ、途切れることのない静寂が、僕たちを繋げていた。 「ありがとう」 弛む背中に、彼が起きていることを確信する。 返事を待ったけれど、やっぱり、それが返ってくることはなくて。 行き場を失ったその言葉がゆっくりと闇に溶け消えるのを待ち、僕は布団へと足を向けた。 (今日はもう寝よう。明日、ちゃんと笑うために) 悼む人
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