※ほしのこえパロ・近未来SF(?)
かみさまがきえたよるのシリーズ


(もうこんな時間か……)

もう一問解いたら寝よう、と決めたそれが思ったよりも手ごわくて、解いたノートに丸を付けることができたのは、丑三つ時と遙か昔に時間だった。骨がある問題であればあるほど、解けた時の喜びも大きくて最中は全然気にならなかったけれど、こうやってケータイに表示される時刻を意識すれば急激に眠気が襲ってきた。

(明日、というか今日も普通に学校だしな)

時計と同画面にある日付は12月16日。二学期の終業式まで、あとわずか。もう期末テストも終わって授業もたいしたことしてない。それでもこの時間まで勉強しているのは、そしてそれでも学校を休むという選択肢を選ぶことが決してない理由は、たったひとつだけだった。---------ハチ、が学校にはいるから。

(もう寝よう)

さすがにこの時間帯まで起きていれば明日の学校は一日中欠伸をして過ごすことになるだろう。それでも遅刻だけはしないように、とケータイに付随されたアラームをセットする。俺が「アラーム」と一言、発するだけで、画面がぱっと切り替わった。触ることなく起動するそれは、電話やアラームといった昨日だけでなくパソコンやテレビ、カメラにDVD再生、リモコンなど、何でもできる便利なディバイスだ。科学技術の進歩により、祖父くらいの世代から使われるようになったケータイは、世界中、いや、宇宙に散らばっている誰かと連絡を取ることもできるらしい。

(あまり実感はないけれどな……)

連絡を取るといってもケータイに登録されているのは家族や身近な友人といったこの辺りの人達ばかりで。せいぜい県外が関の山だ。俺が手にしているものと同じ機種がコマーシャルでそれこそ織り姫と彦星に扮した人が天の川越しにケータイで喋ってるのに使われているのを見ても、これが宇宙にいる誰かと話すことができるなんて信じられなかった。

(……使う日が来るのかもしれない。いつか、じゃなくて、そのうちに)

す、っと過った考えは、無意識のうちに自分を引きずり込もうとする。昏い淵へと。それを振り払うために「寝よう」とわざと声を出し、ずっと座りっぱなしだった椅子から立ち上がった。風呂上りの恰好に上を何枚か羽織っているだけだ。そのまま脱いですぐに眠りに飛び込むこともできる。そうしよう、とベッドに向かって、ふ、と蛍のような色合いの光に気付いた。

(あぁ、でも、換気だけ一回はしとくべきだよな)

先月末にこの部屋に登場して以来、ケータイの次に活用されている機械から発せられている合図は、油切れではなく換気を求めるものだった。部屋の隅に置いてあるストーブには煌々とした朱が灯っており、ひたすらにこの部屋を温めていて、上部にあるスイッチの傍には疲れ知らずの黄緑の光が点滅し続けている。窓を開ければ寒さで目が覚めるのは必至だったが、それでも、咽喉に絡みつくような空気の重たさに俺は換気する方を選んだ。

(さすがに、この時間はみんな寝てるか)

部屋の蛍光灯の光と共に中の様子が外に漏れ出ないように、と閉じてあったカーテンを引き開ければ、とっぷりとした濃さの闇が俺を出迎えた。擦りガラスとは違い表面に何も加工を施してないために外の様子がよく分かる。日付が越えたぐらいの時間帯はそれなりに起きている人もいる気配が伝わってくるが、朝の狭間ともなれば、大抵の人は寝ているのだろう。まわりの住宅地には灯りが灯ってなかった。ブラックホールのようだった。光のない世界。

「っ」

まるで、この世でたった一人になった気分だった。もしくは、自分一人だけがいなくなった世界を、遠くから見ているような。窓に映りこんでいる自分は透けていて、ひどく頼りなさそうだった。幻のよう、だった。人々に忘れ去られた、ゴースト。-------------いつか、そのうちに来る未来のようで。

「……っ、何、馬鹿なこと考えてるんだろうな」

自分で自分を嘲らなければ、また囚われそうだった。---------昏い昏い宇宙の果て。その場所に。目の前の窓にいる、ぼんやりとした影のような自分をかき消したくて、俺は窓の桟に掌を当て、力いっぱい押しあける。がらっ。音さえ吸い込まれるんじゃないか、って思っていた闇に、思った以上にその音は大きく響いた。

「さむ……」

身の横から通り抜けた凍てついた風に、自然と言葉が落ちた。それと同時に己が唇から零れた白は、あ、っという間に黒の中に埋もれていく。空中の冷たさが軋む音が聞こえそうなほど、寒い夜だった。宇宙はもっと寒いんだろうな、なんて、すぐにそこに考えがいってしまう自分がいるのはタイムリミットが近いからだろうか。---------ハチと離れる日、が。

(会いたい……)

毎日学校で顔を合わせているのに、つい数時間前まで一緒にいたのに、どうしたって願いはそこに行き着いてしまう。自分でも馬鹿馬鹿しい、って分かっているけれど。会いたい。今すぐに、ハチに。その祈りをひたすらに希う俺の目を、ふ、と光が奔った。

「え、」

一瞬、何だか分からなくて、けれど、すぐに、あぁそうか、と思い当たった。そういえば、双子座流星群が見れるということを理解教師が言っていたような気がする。タルシアンと呼ばれる地球外知的生命体------いわゆる宇宙人の存在が実証されて以来、ニュースに溢れるのはそういった存在のことについてばかりだった。タルシアンらとの邂逅はこの地球にさらなるテクノロジーの発展という産物をもたらし、そしてそれによって彼らの存在は新たな脅威となった。調査隊が派遣され、宇宙に人が溢れるようになった時代、ニュースに登場するのはタルシアンと関連することばかりで、自然現象である流星なんかのことが話題になることは少なかった。俺だって、ちら、っと前に理科教師が口にしなければ、きっと知らなかっただろう。

(そういえば、ピークは15日未明って言ってたっけな)

何気ない理科の授業の最中、唐突に「そうじゃった」と言いだしたじいちゃん先生(風貌からそう呼ばれている)が言いだしたことを思い出す。一番星が流れるという日は、残念なことに昨日の夜だった。それでも、こうやって見えるってことは、しばらく眺めていたらもっと見れるのだろうか。

(もう一度見ることができるなら、今度こそ願い事をするのにな)

さっきのは一瞬すぎて、願う間もなく視界から光は切れていった。胸で焦れた祈りを願いというならば願いなのかもしれないけれど、けど、ちゃんと祈りたくて。もう一回見ることができないだろうか、と、さっき流れていった方向にじっと視線を凝らす。体の内側から冷えていく感覚でさえ、星のためなら我慢できる。瞬き一つするのすら惜しい。開き切った目に触れた夜風が自然と涙を汲みあげた。たった一つの祈りを胸に。

(--------ハチに、会いたい)

「兵助?」

ふ、っと闇が割れて、俺は声が聞こえてきた方を見下ろした。ハチ、だ。ハチがいた。あまりのタイミングのよさに、それこそ、夢を見ているんじゃないか、って、一回、ぎゅっと目を瞑ってみる。温かい黒が瞼の裏の先に広がった。そこから、もう一度目を開いても、彼は消えることなく、確かにいて。

「ハチ?」

何で、と紡ごうとした言葉は「マジで!? すげぇ!」というハチの昂奮にかき消された。静謐な空間にその声は大きく大きく響き渡って、さすがにハチ自身もまずいと思ったのか、は、っと口を押さえた。それでも、まだ俺自身は夢を見てるみたいだった。まさか本当に会えると思ってなかったから。これが現実だと確かめたくて、俺は「今、そっちに行く」と、できるだけ声を押さえて呼びかけた。伝わったのか伝わってないのか確かめるよりも先に、部屋を飛び出し階段を駆け降りる。-----------玄関のドアを開けた先には、笑っているハチがいた。

「よかった、兵助が起きててくれて」
「どうしたんだ、こんな夜中に」

本物だ、そう分かっていても、未だに夢じゃないかと不安になるのは、こんな時間にハチが起きているはずがない、と思っているからかもしれない。どんなにテストがギリギリで、こっちがちょっとは勉強すればいいのに、と急かしても、「日付が変わる頃には寝ちまうんだよなー」と、からっと笑っててゲームとかで夜更かししてもせいぜい夜中の1時くらいまでが限度なのだという。だから、こんな時間にハチが訪ねてくるどころか起きている理由が分からなかった。

「今日、双子座流星群の日だろ?」

だから兵助と一緒に見て願い事をしようと思って、そうハチは笑った。

「けど、流星群のピークって昨日じゃなかったか?」
「え? だって15日未明だろ? 15日の夜って意味じゃないのか?」
「未明は朝、ってことだから昨日のことだけど」
「げっ!?マジで!?」

がっかりしたように肩を落としたハチはなかなか浮上してこなかった。あまりの落ち込みように悪かったな、と思い「けど、さっき流れ星見た」とフォローを入れる。と、ハチは「そっか!なら、大丈夫だな。せっかく考えてきた願い事が無駄にならなくてすみそーだ」と顔を明るくさせた。俺が「願い事って?」と尋ねれば、ハチはまっすぐに俺を見た。

「兵助と、同じ高校に行けますように。ずっと一緒にいれますように」



***

ひゅん、と光が闇を切り裂いた。

「あ、」

つい出てしまった声に隣を歩いていた勘ちゃんがが「ん?」と反応を返してきた。この場からさっとと離れたくて、「何でもない」と微笑みを刻んで切り返そうとした。けれど、また光が闇に疾走って、勘ちゃんは気づいてしまった。

「あ、流星群か〜下から、ってのは、ちょっとびっくりするよね」

ハチと一緒にいた頃は降るばかりの星がそうじゃなくて、下からも流れると知ったのは宇宙に出るようになってからだ。上下左右という概念が分かりにくい宇宙船の空間では当たり前のことなんだろうが、未だに下から上に流れる星というのは驚いてしまう。

(流星自体は見慣れてしまったけど、な)

地上では年に数回の大イベントだったそれは宇宙に来て日々見かける日常の風景と成り代わった。そこにハチは、いない。

(……ごめん、ハチの願い事、叶えてやれなくて)

タルシアンの存在の痕跡がある火星のタルシス遺跡を始め、たくさんの調査隊が遠くへ、さらに遠くへ派遣されてきたた。調査隊の一部は、タルシアンに襲われ悲惨な最期を遂げている。それでも、人類の繁栄のために、と選抜メンバーが宇宙へと送り出されていた。

(俺は、そのメンバーで、宇宙に今いる)

自分の立ち位置を確かめるために、自分にそう言い聞かせた。どうしようもならないのだ、とも。生まれてすぐに命運付けられたことを俺は小学校に入る頃には知っていた。危険が伴うことも。けど怖くはなかった。----------怖くなったのは、ハチと出会ってからだ。

「これだけたくさん流れ星が流れたら、一つくらい願い事が叶いそうなものだけどね」

からりと笑う勘ちゃんに合わせて、俺も「そうだな」と唇を頑張って押し上げる。ちゃんと笑えただろうか、そう確認するために窓ガラスに映った自分の頼りなさは、そして、その向こうに広がる昏い昏い闇はあの日のままだった。

(ハチに会いたい……)

あの日から何一つとして変わっていない願い。けど、その祈りが叶わないことを、誰よりも俺自身がよく分かっていた。ハチとは、会えない。光の速さで一年も離れてるのだ、会えるはずがない。そうと分かっていても、希わずにはいられなかった。

(ハチに会いたい……)

貫く流星群は痛かった----------。





むかし、むかしのねがいごと