いざ、宣戦布告 (たった今から全面戦争!)
「乱太郎っ!」 つり橋を渡ろうとしていた私の背後から、鋭い声が飛んできた。 振り返ると緊迫した表情で私を見つめる金吾が立っていた。 橋の板が風に吹きさらされ、鈍く軋む音が耳を突く。 「金吾?」 「そのまま、」 「え?」 「そのまま、ゆっくり、下がって」 「何で?」 「いいから早くっ」 その剣幕に、そのまま彼の言葉に従い、足をゆっくりと後ろに押し下げた。 「このつり橋、板が腐ってる部分があってさ。 それで、用具委員会に修理を頼んでたきた所だったんだ」 「そうだったんだ。ありがとう」 “危険!渡るな”と書かれた看板を渡り口に立て掛けると、手慣れた手つきで金吾は縄で結わえた。 迂回路を案内してくれる、という彼の言葉に甘え、一緒に連れ立って歩く。 冬でも葉を落とさない木々が頭上を鬱蒼と覆っていて。 不気味な鳥の叫び声が、響いた。 (金吾と一緒だと、なんか心強いなぁ) 随分と身長の高くなった彼を、見上げそんなことを思う。 「珍しいな、こんな裏裏裏山まで、来るなんて」 そう言った金吾は私の背負っている籠を見ると、「薬草採りか」と納得した面持ちで言った。 今から取りに行こうとしている薬草の名を彼に告げる。 すると、普段から、よくお世話になっている薬草だからだろうか、すぐに分かったようで。 「それって、打ち身の時に湿布にして貼ってくれるやつだろ?」 「うん。それ」 「それって、学園の周りに生えてないっけ?」 首を傾げて、金吾は問い返してきた。 「それが、採りすぎちゃってさ。育つまでしばらく掛りそうだから」 「ふーん。大変だな、保健委員長も」 だんだんと険しさを増していく山道に、少しずつ息が上がるのを感じる。 足の速さは金吾に負けない自信があるけれど、こういった道なら金吾の方が得意だろう。 毎日のように、裏裏裏…いくつ裏が付くのかは知らないけれど、とにかく裏山まで走ってるのだから。 「いつもなら、取り置き分が少なくても、気にしないんだけど…もうすぐ臨時予算会議でしょ」 私の言葉に、金吾が天を軽く仰ぎ、それから眉を潜めた。 私もこの前の予算会議の惨状を思い出し、つい、陰気な溜息が零れる。 各委員が提出した予算書と会計委員が斬り捨てて、大騒ぎとなってしまって。 (医務室が満床とか、本当に勘弁してよ) 「あー。一回でいいから、平和に終わってほしいよね」 「そりゃ無理だな。こないだ三治郎と兵太夫が、何か本を囲んで相談してた」 「…団蔵も災難だね」 「まぁな。…けど、保健委員も予算削られると困るだろ?」 「もちろん。どうしても、この辺りじゃ手に入らない薬草もあるし。 ただ、医務室の薬草を使うのって、うちのクラスが一番多いんだけど」 「そうなのか?」 「みんな血気盛んだからね。なんで、あーも大人しくできないかなぁ。 こないだも、誰かさんは怪我の翌日に体が鈍るからって刀を振るってたよね」 じとり、と視線を送ると、金吾は慌ててあさっての方向に顔を背けた。 「安静にできないなら、下剤でも盛って、無理やり安静にさせるよ」 凍りついたような金吾に、慌てて手を横に振って、「冗談だよ」と否定する。 「乱太郎が言うと、冗談に聞こえないんだけど」 「そぉ? そんなことないよ」 「乱太郎には、みんな頭が上がらないからなぁ」 「その割に、全然、人の話聞いてない気がするんだけど。 一応、保健委員長として注意してるのに、ちっとも守ってくれないし、無理するし」 もう分別もつく年齢なのだから、と行動を制限することまではしないし。 体のことは自分自身が一番分かっているはずだ、とは思ってはいるのだけれど。 それでも、その後、貧血で倒れたり、怪我が増えたりするとやりきれない思いになる。 (何のための保健委員長なのか、って) 黙り込んだ私に、「みんな無茶するの好きだからなぁ」と金吾が呟いた。 彼に浮かんでいた苦笑いが、私にも伝播して。 愚痴めいた気持ちが、苦笑に代わる。 「本当に無理しちゃいけない時は、乱太郎が下剤入れてでも止めてくれる、って皆思ってるからなぁ」 「え?」 「保健委員長としてだけじゃなく、仲間としてさ」 金吾の言葉に、今度は自然と唇がほころんだ。 「そうだね」 (「けど、やっぱり予算会議で怪我人が出るのはどうかと思うんだけど」) ← →
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