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電気を付けたまま寝るのはもったいない気もしたが、昨日一日、何だか薄暗いところにいたから、せめて目を覚ました時は明かりくらいほしい、と俺は仮眠室の電気を付けたまま布団に潜り込んだ。といっても、眠れたわけじゃない。寝ているような、起きているような、そんな曖昧な部分をずっとふらふらと俺は漂っていた。だからだろう、庄左ヱ門が「おはようございます」と呼びに来たときも、夢うつつの気持ちのままだった。 「おはよう。庄左ヱ門が来たってことは、取材に行けってことか」 「えぇ。申し訳ないんですが、大川さん命令なので」 分かった、と布団から出るけれど、中途半端なところで睡眠をぶち破られたせいか、欠伸が止まらない。 「もしかして、さっき寝たところですか?」 「あー、いや、でも、ちょっとは寝たよ」 庄左ヱ門の目は充血に赤らんでいて、あまり寝てないのは彼も同じだろう。ラボに送ってすぐに寝たとしても三時間確保できているか怪しい。それでも歳の差なのか何なのか、「だったら、僕の車で寝ていってください」とずいぶんとタフなことを言ってのけた。余裕があるときならば、冗談交じりに「若いねぇ」くらい自虐に走ったようなことを言う元気もあるもたが、さすがに今回はそんなことに口を使う体力すら惜しかった。 「電力供給の事件の方は何か進展があったの?」 「何か、予備回線の方も駄目だったみたいですよ。切り替えても作動しなかったって」 この廊下にある蛍光灯は予備電源で点いているのだからあまり関係ないのだろうけど、つい、見上げてしまった。天井にはめ込まれたそれは、当たり前のものなのに今日一日だけでずいぶんと印象が変わってしまった。いかに自分たちの生活が、電力によって支えられていたのかを実感する。 「へぇ。原因は?」 「何か、それが、よく分からないみたいで。まぁ、けど、遅くとも明日の朝までには復旧するみたいな話ですよ」 電力が絶たれた自動ドアを手で押し上げる。ごり、と手の中にはまり込む重さを無理矢理押し開き、社外の外に出る。迎えたのは、完全な暗がりではなく、所々に光が灯っていた。病院や官公庁だろうか。うちの社のように自家発電がある所なのだろう。それでも、いつもと比べればずいぶんと世界は闇に沈んでいた。自然と零れる息の白さがそのまま凍ってしまってもおかしくないくらい、凍てついた空気。 「かなり寒いなー」 「寒波が来てるみたいですよ。まだ寒くなるみたいで、今夜、一番の冷え込みになるって」 寒さから逃げるようにして車に乗るなり、庄左ヱ門の手はヒーターの調節ねじに向かっていた。そのまま温度と風量を最大値にまで上げる。フロントガラスは凍ってしまったらしく、びっしりと氷色の亀裂が走っていて前は見えなかった。ワイパーを動かしてもガリガリと引っかく音が響くだけで、しばらく車が暖まるのを待つことにする。 「雪は?」 「予報上は可能性があるみたいですね」 「それで暖房効かないとか、キツイな」 「なんとか昼の内に電気が復旧すればいいんですけど」 こればかりはどうにもできないですからね、と、庄左ヱ門の暗澹とした呟きに俺は「そうだね」と応じるしかなかった。と、ふ、と思い出したように、彼は後部座席に手を伸ばした。取材道具が突っ込まれている所から出してきたのはモバイルパソコンだ。休止モードから立ち上がった画面上で、矢印が素早く動く。すぐにネットニュースのソースに繋がった。 「これ、今朝のニュースです」 助手席に乗り込んだ俺に見やすいようにしてくれたパソコンを覗き込む。各社、トップニュースはやはり電力供給の遮断に関する記事だった。それに続くのが、俺たちが調べている『黄泉がえり』のこと。硬派な新聞社でさえ無視できないのは、ニュースの見出しにもあるとおり、数百人、いや数千人規模の単位で黄泉がえりが起こっているからだろう。ざっ、っと目を通すが、どこも似たり寄ったりの内容だった。 「まぁ、目新しいことは特にありませんけど、でも、海外でもニュースになっているみたいですね」 ほら、と指さされたのは、日本在住の特派員が海外向けに発信したニュース記事だった。 「クリスマスの奇跡、ね」 Miracle at Christmasという英語の見出しで始まった記事は、他の記事から分かった事実をいくつか書き連ねてあって、おおむね日本の新聞社の内容と変わらなかった。違ったのは結びの辺りだろうか。日本と違う宗教観だからこその言葉なのかもしれない。この奇跡は神様からのクリスマスプレゼントなのだ、という言葉で締められていた。 「クリスマスプレゼント、か」 同じく、ざっと目を通していた庄左ヱ門が記事に同意するように「まぁ、残された人にとっては、そうでしょうね」呟いて。表だって反論するのもあれな気がして、何も言わなかったけど、俺はこのことがクリスマスプレゼントだとは思えなかった。-----------------------兵助の軋むような祈りも、雷蔵の涙も知っていて、それでも、なお。 (だって、すぐにいなくなってしまうのに) 三日間だ。たったの三日。その三日間で相手に何をしてやれるというのか、いったい何を残してやれるというのか。何もできないのじゃないだろうか。別れの苦しみだけを相手に与えるだけじゃないのか。--------------あの時みたいに。死んでしまったときみたいに。 「……いっ、先輩! 尾浜先輩!?」 「あ、」 「どうしたんです、ぼんやりして」 心配そうに覗き込んでくる庄左ヱ門に、なんでもない、というように首を振り、それから「庄左ヱ門、今日の取材先のリストは?」と話を別に持っていく。まだ俺の方を見遣っていたけれど俺が再度「どこ?」と訊ねれば「えっと」と彼はパソコンをクリックした。すぐにネットから画面が切り替わり、名前や住所が書かれた画面が現れる。 「とりあえずはこれだけです」 「まぁ、大川のじぃさん命令だから一応、行ってみるけど、これ以上の情報は出てこないと思うけどな」 「それは、黄泉がえりをしてきた人やその家族が話したがらないからですか?」 夕べ話していたことを覚えていたのだろう、庄左ヱ門はそう聞いてきた。そう、確かにそれは理由の一つだった。どれだけ俺たちが質問しても、多くを語る人はいなかった。皆、「そっとしておいてください」とか「今の倖せを壊さないでください」と言うばかりで、それ以上に立ち入ることはできなかった。記者としては失格なのかも知れないけど、おそらく、他の連中だって人間であれば感じるだろう。-----------------これは、聖域なのだ、と。奇跡なのだ、と。だから、それ以上の情報は出てきづらいだろうと思うが、理由はそれだけではなかった。 「もう一つ」 「え?」 「明日には、この奇跡は終わってしまうから」 2010.12.25 a.m.4:35
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