チャイムを押しても反応がなく、もう一度押す。ビィィンと、錆びれて間抜けな音がした。けど、出てこない。

(おっかしいな、今日は家にいるっつったのに)

太陽などとっくの昔に沈んだというのに、じりじりと熱が這い上がってくる地面に灼かれそうな程、暑い。額を滲ませていた汗が、つぅ、と頬を落下していく。夜が更けて行くのを認めないかのように鳴き続けている蝉の声が、耳をつんざく。

(いねぇとか、まじかよ)

いい加減反応のない扉に疲れを覚えつつ、ここまで来て、という気持ちが勝り、ムキになってチャイムを連打する。と、扉の向こうで人の気配がした。ガチャガチャとチェーンを外す音に「おせぇ」と喉元まで準備した言葉は、「あ、」と一音に変化した。顔を出したのは、家主ではなく、スウェット姿のよく見知った奴だった。

(あ、綾部)

別に今更だったし、二人が半同棲みたいなことをしてるのを隠してたわけでもねぇし、ただ、いかにも風呂上りです、みたいに髪からほこほこと湯気を立ててるのを見たら、なんと言えばいいかわかんなくて。気まずさの余り、そのまま、Uターンしたくなる。けど、綾部の方は意に介さなかったようで。黙り込んだ俺を一瞥すると顔色一つ変えず、「先輩ならバイトに行きましたよ」と丁寧に教えてくれた。

あの野郎、と内心思いつつ、「じゃあ、帰るわ」と言った俺に綾部は「もうちょっとで帰ってくるので待っててください」とドアを俺の方へと大きく押し出した。 そのおかげでよく見えるようになった玄関は相変わらず整然としていた。ただ一つ、脱ぎっぱなしのサンダルを除いて。 兵助のよりも一回り小さいそれは、一個は斜めになっていて、もう一個は上下すらひっくり返っていた。よく見ると、綾部は裸足で。

なんか、兵助の生活の中に、ぴったりと綾部が収まっているような気がして、俺は小さく笑った。