真夜中に、電話が鳴った。三郎だ、と直感した。

「もしもし、三郎?」

確信めいてそうやって出ると電話口の向こうで、ひゅっ、と息をのむ気配がした。沈黙の間に吹きわたる風の音だけが、ラインを辛うじて繋いでいる。それで、もう一度呼ぶ。「三郎」と。

「いないかと、思った。いや、違うな。雷蔵がいる気がしたんだ。家に来てる気がした」

三郎が言いたいことが何となくわかる気がして、僕は「うん」とだけ言った。 三郎がいなくなってからも、僕は時々彼の家で待っていた。 こうやって、電話が鳴るのを。

「…三郎、今、どこにいるの?」

ぼそりと三郎が告げた場所は、想像することも難しいくらい遠い遠い地だった。いつか見たポスターの、宙が透けそうな突き抜けた空の青が目に浮かぶ。それから、そこにすっと馴染んでいる三郎の笑顔も。瞼裏をじんわりと滲んでいく熱を誤魔化そうとした瞬間、

「とりあえず、明後日、帰るから」
「えっ?」
「もうチケットも取ったんだ」

その刹那、僕は識った。この電話を取らなかったら、彼はもう二度と還らないつもりだったのだろう、と。