「なんか、この時期になると本屋に行っちゃうんですよね」 完全に閉じられた図書館は、埃っぽい冷たさに満たされていた。外界から染み入ってくる蝉の声がぼんやりと聞こえる。 ほとんど人気はないが律儀にも声を潜める所が不破らしい。 「ほら、夏の100選とかあるじゃないですか。 毎年、だいたい同じ本なのに、気になっちゃって。ついつい、買っちゃうんですよね」 何となくわかる気がして、あぁ、と相槌を打つと、「おかげで今月結構、ピンチなんですよ」と笑い、戻ってきた本に破損がないかをチェックするために集荷ボックスに手を伸ばした。その台詞にあまり危機感を感じさせないのは、不破ののんびりとした口調のせいかもしれない。自分も、と手元に本を引き寄せる。ふ、タイトルが目に入った。随分と延滞されていたものだ、とリストを思い出す。心ない者だったのだろう、まだ新しいのに頁が黄ばんでいた。日にさらされていたのだろうか。 「今年こそ制覇したいんですよね」 視線を投げかけて、目だけで「何を?」と問いかけると、「毎年、新しく選ばれたのを読むんですけど、だから逆に文豪ってのを読まなくて」と、不破は照れるように頬をかいた。それから、「例えば」と著者の名を口にする。彼の挙げた人物は本当に有名どころで、おそらくは「あぁ、あの人ね」と皆が代表作を言うことができるだろう。けれど、それをきちんと読破しているか、と問われれば疑問符が付く人も多い。ただ、多くの人間はそれを隠す。恥じらいながらも言える不破は素直なのだろう。 「先輩なら、どれから読みますか?」 ぐるりと頭の中を巡る文豪の著作から彼が好みそうな話の題名を告げると、不破は嬉しそうに「ありがとうございます」と頭を下げた。眩しいぐらいに真っ白なシャツからは日に焼けた腕がすらり、と伸びていた。 ← |