Palm

    お話にならないおはなしたち。健全もカプも温かいのも冷たいのも雑多。

     雑伊   留伊(現パロ)   文仙(暗い)   鉢雷(現パロ)   文仙

    back


































     

    天球につがえられた弓から放たれる光の矢は、息を飲む間に闇に吸い込まれる。幾筋も幾筋も尾を引いて、落下する星。あれは、いったい、どこに消えてしまうのだろうか。呑みこまれるように失われる光は、いったい、どこへ。

    「美しさは、時として、禍々しいものさ」
    「え?」
    「私の村では、星が流れる事は不吉だとされているのさ」

    耳元を掠めた声は、ひどく小さく、けれども静寂を打ち破るには十分だった。天に縫いつけられた視線を引きはがし、隣にいる彼を見やる。黒衣の中に映える白の包帯は少し緩んでいた。伸ばしたくなる指先の衝動を、手を握りしめることで堪える。時々、わからなくなる。-------この人との距離が。

    「不吉なこと?」
    「そう。星がたくさん流れれた年は、戦や疫病で、乱世になると」

    怖い話だね、と雑渡さんは、たいしてそうも思ってない口調で続けた。けれど、その淡白な物言いが恐ろしいほど真実味を帯びていて。「そんなの迷信でしょう?」と尋ねる声が自然と震えるのを、抑えることができなかった。雑渡さんは、その僅かに見える眦を解かせて「そうだね。迷信だよ」と笑った。

    「怖いのは、別に迷信とかじゃないよ」
    「え?」
    「本当に怖いのは、人の心だよ」
    「雑渡さん?」
    「伊作くん、わたしはね、生まれてきちゃいけない子どもだったんだ」

    雑渡さんの瞳を研鑽された光が駆け抜けた。どこかで、また、ひとつ星が流れ、そして闇に呑まれたのだろう。僕は、何一つもってなかった。慰める温もりも、否定する唇も、労わる指先でさえ。あんなにも知りたいと希っていた彼の過去が語られようとしているのに、それを知ることが怖くて。ただ、耳を塞がぬようにしているのが、今の、僕の精一杯で。そんな僕に気付いたのか、雑渡さんは緩やかに微笑んだ。

    「ごめんね。伊作くんに、そんな顔、させたかったわけじゃないのに」

    流れ星が僕を貫いたなら、その痛みに泣けるのに。雑渡さんの代わりに、泣けるのに。雨のように降り続けているそれは、僕に届く前に闇に消えてしまう。











































     

    「あ、ちょ、留さん」

    呼び止めの言葉も虚しく、ツー、と耳元で恨めしげな音が響いた。恨めしげなのは、自分か。押し当てていたそこから聞こえてきた断線の音が、ぷつり、と途切れた。完全に失われたラインに、仕方なく携帯を耳から離す。

    「最悪」

    夕闇の中でもはっきりと分かる液晶の黒さに、電池切れを再確認する。言いつのった言葉は未消化のままで。結局、口にできずに喉で止まってっていてそれが、そのまま胸底へと逆流して。なんだか、もやもやする。むかつきが収まらない。昨日充電するのを忘れ、朝、気がついたけど結局そのままにしておいた自分を呪いつつ、どこかへ投げ捨てたくなるのをなんとか抑えて携帯をコートのポケットにねじ込む。その中が妙に温かくて、手袋を忘れた身には心地よく、右手を突っこんだまま、僕は家に帰ることにした。

    「はぁ」

    気の早い世間は、まだ当日でもないというのに、あちらこちらでライトアップをして、もうクリスマスみたいな雰囲気だ。鮮やかに彩られているその下で睦まじく談笑するカップル達は、イルミネーションに負けじと煌めいているように見えて。こっちのことなんて眼中にないのは分かっているけれど、だからこそ、余計に腹が立つ。

    (…僕だって、本当は留さんと出かけるはずだったのに)

    待ち合わせの場所に、ちっとも来ないから心配になって電話をかけてみれば、「急にバイトの交代が来れなくなったって店長に泣きつかれて」なんて。お人よしにも程がある。そりゃ、留さんのバイト先のことを考えれば仕方のないことなのかもしれないけど、こっちだって、久しぶりの約束なのに。

    「留さんのアホ。バカ。まぬけ。でべそ」

    ざくざくと、人波をかき分けるようにして歩く。口を吐いた悪態は連鎖して、いくつでも出てきそうな勢いだ。紡がれる言葉とともに、闇の中に息から洩れる白が誕生と消滅を繰り返す。全部吐き出したら、ちょっと、胸のつかえが取れたような気がした。











































     

    ※やや、薄暗い

    居たたまれない任務、というものがある。学年が上がるにつれ、実戦形式の実習が増えて、衣にこびり付いた鉄錆の臭いどころか、忍刀や苦無で相手の肉を穿つ瞬間に覚える掌にのめり込む衝撃ですら慣れて。己が命の灯を断ち切ることなど、もはや珍しいことでもなんでもないことだった。殺伐とした心は、哀しみなどに浸る暇もなく、感傷は日々の中で流されていく。それでも、どこか割り切れない、釈然としないものを抱える瞬間があるのは事実だった。

    帰り道、仙蔵は一言も喋らなかった。互いに抱えたやりきれなさは、けれども、言葉にした所で慰めにすらならないことを俺らは知っていた。しんしんと積もっていく沈黙を振り払うこともせず、ただただ、俯いて足を前に出すことだけを続ける。それだけが、今の自分にできる全てであり、それだけしかできなかった。ふ、と触れ合いそうで交わらぬ位置にずっとあった仙蔵の影が消えた。振りかえれば、数歩後ろで仙蔵が屈みこんでいた。

    「どうした?」
    「鼻緒が切れた」

    この度の相手を取り入るために仙蔵は女のなりをしていた。楚々として足を運ぶ姿は艶めかしく、遠目どころか傍にいても、その匂い立つ色香に騙されるだろう。実際、今回の任務の成功は仙蔵の女装なくしては成り立たなかった。そんな格好だ、当然、足元も華やかな朱塗りの下駄をはいていた。よくよく見てみれば、誘うような白い足を盤面に縫いとめるための鼻緒が、ぷつり、と切れていた。「見せてみろ」と仙蔵へと手を差し伸べるが、奴はにべもなく「いい」とはねのけた。

    「直してやるって」
    「それくらい自分でできる」
    「けど」
    「構わぬ、先に行け」
    「今、俺とお前は夫婦なんだ。置いていったら不自然だろうが」
    「もう、追手も来てないだろうが」

    押し問答になってしまったことを嫌うかのように、仙蔵の声がきつくなった。意固地になっているせいか、その視線は俺の方ではなく下駄だけに向けられている。「貸してみろって」と仙蔵の足元から下駄を奪おうとすると、駄々をこねるように首をかぶり振った。

    「文次郎っ」

    悲鳴にも似た甲高さが耳をつんざく。こんな不安定な状態のまま、放っておくわけにはいかなかった。俺よりも細い腕を掴むと、睨めつける視線とぶつかる。けど、それを無視して、俺は仙蔵を抱き寄せた。骨が軋むくらい、きつくきつく。











































     

    いつもは同性同士のグループも多いテーマパークもクリスマス当日のせいか、辺りはカップルや家族連ればかりだった。僕たちだって付き合っているんだから、堂々としてればいいものの、なんとなく周りの視線が気になってしまう。こっそりと引っ付いたり手を繋ぐどころか、同じ写真に収まることもせず。来たはいいものの、どんどん無口になってしまって、盛り上がりに欠けたまま帰路の途に着くことにした。

    (せっかくのクリスマスだったのにな)

    夕刻が深まるに連れて増えていくカップル達は、皆、楽しそうで。虚しさと淋しさを抱えて入り口のゲート付近まで戻ってきた。

    「せっかくだから、写真でも撮る?」

    ちょっとした広場になっているそこで、たくさんの人達が集まって記念撮影に勤しんでいた。三郎の提案に頷くも、きっと、二人で写ることはないだろう。その証拠に、僕だけを適度な場所に立たせると三郎はデジカメをいじりだした。

    「すみません、写真、撮ってくれませんか?」

    デジカメの角度に、あーでもない、こーでもないとこねくり回している三郎を横目にぼんやり立っていると、後ろから声を掛けられた。振り返れば、黒髪の女の子がいて、おずおずとデジカメを差し出された。

    「あ、はい。いいですよー」
    「ありがとうございます!」

    はにかんだ表情は幼く、まだ、中学生ぐらいだろうか。ぺこり、と少し後ろの方で頭を下げた男の子の方は緊張しきった顔つきをしている。きっと、彼からすれば一世一代のデートなんだろう。

    「これ、押すだけでいいんで」

    ボタンの位置を指で示すと、彼女は小走りで彼の元へと駆け寄った。髪を直す仕草が微笑ましい。

    (僕たちにも、あんな頃があったんだよなぁ)

    デジカメの画面から滲む初々しさに、自分を重ねては、くすぐったい気持ちになる。にやける頬を引き締めて、いざ、「はいチーズ」と声を掛けようとして、はた、と気がついた。

    (近いとリースが画面が見切れちゃうし、遠いとぼけちゃうだろうな)

    入場ゲートからすぐ、土産物が並ぶアーケードの軒先から巨大なリースが宙に吊り下げられていた。このテーマパークのキャラクターが飾りとしてあるリースは、玄関口ということもあり、中に入ったらまず最初にカメラを構える場所になっていた。それだけなら、別に普段と変わらないだろう。けど、そのあたりにはいつも以上に人だかりができていた。その理由はカメラのアングルにあった。宙に吊るされて、うまく画像に入りきらなくなるんだ。僕たちや周囲の人達が足を止めて、しきりとカメラを構え直していた。

    (んーどうすると、両方上手く写るかなぁ)

    カメラを縦にしたり横にしたり、ズームしたり、逆に遠くしたり…。色々してみたけど、どうも上手く収まらない。

    「雷蔵、ちょっと貸して」

    ひょい、と僕の視界を黒のライダースーツが過ったと思った時には僕の両の手から重みが消え去っていた。三郎はその場でしゃがみこみと、カップルを見上げた。

    「はい、お姉さん、もうちょい寄って、はい、その位置ね。お兄さん、笑顔笑顔。せっかくカノジョが隣にいるんだから。そうそう、いいじゃん、男前。こっちに目線ね。いきまーす、はいチーズ」

    満面の笑みの女の子と照れくさそうだけど幸せそうに微笑む男の子、それから、リース。切り取られたワンシーンが僕の瞼に焼き付いた。

    「ありがとうございます!」

    三郎から受け取ったデジカメを大切そうに鞄にしまうと、その幼いカップル達は浮かれた足取りで雑踏へと消えていった。

    「三郎、」
    「何?」
    「ここでバイトしたら?」

    そうからかうと、三郎は笑い、それから僕に囁いた。

    「ほら、そこに立って」

    言われた通りにその場所までいくと、三郎は自分のカメラを掲げた。どうやら、僕だけを入れて撮ろうとしているらしい。「はい、チーズ」と三郎の指先がシャッターを切ろうとした瞬間、僕の頭にさっきのカップルの光景が甦った。

    「三郎、待って」
    「雷蔵?」











































     

    ザクリ、と鈍い感触は氷ではなく霜であるためだろうか。足元の枯れた草が朽ちかけている土は若干盛り上がってみえた。悴んだ手を温めようと、ほぉ、と吹き掛けた息は、傍から冷えていく。湿った指先が赤く腫れてむず痒かった。霜焼けなんぞ、幼き頃にはよく作ったが、手先の感覚の狂いが命取りになることを知って以来、数年ぶりにこさえてしまった。

    「仙蔵」

    あとで塗り薬をもらわねば、と考えている思考を、鈍い音が邪魔した。ザクリ。特に意識を払うことなく踏み下される足音は、よく知った奴のもので。振り向かずに嫌味を一つ投げてやる。

    「相変わらず、朝から元気だな」

    私の隣に並んだ文次郎は皮肉すら通じない堅物だ。その証拠に「夜中からやっていた」とずれたことを言って訂正してきた。自主練習で体が温まっているせいだろうか、文次郎の肩から盛んに蒸気が登り立っていた。すぐさま取りこもうとする寒さの残る夜闇に、その白が際立って浮かび上がっている。放っておけば、いくら体力馬鹿のこやつでも風邪を引くだろう。

    「さっさと水浴びして体を拭いてこい。……汗臭い忍がいるものか」
    「分かってるさ。お前が見えたから来ただけだ」

    迎えに来てくれたのか、など調子づいたことを言うものだから「あほ」とど突いておく。と、奴の視線が私の手に縫いとめられたのが分かった。

    「珍しいな。お前がしもやけを作るなんて」
    「不覚だ。痒いというか腫れてて、痛い以外の感覚がなくて敵わない」

    自分の注意不足が招いた結果だけに、ため息を付くこともできない。素直に認めれば、ふーん、と興味深そうに文次郎は私の手を取った。そのまま頭を下ろし、顔を近づけていく。何をする気だ、と思えば、奴は指先に唇を落とした。

    「な、」
    「この感覚も分からない、か?」

    はっきりと刻まれた熱は、明らかにしもやけのそれとは違う。ちらり、と見上げられた色から『確信犯』という言葉が頭を過る。その部分からじわじわと侵食してきた熱さが体中を巡って頬までくるのが分かった。