Palm

    お話にならないおはなしたち。健全もカプも温かいのも冷たいのも雑多。

     文仙   竹谷と孫兵   雑→←伊   鉢雷   三郎と三治郎

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    力のままに指を絡め取り、そのまま奴の背中を壁に押し付ける。

    「放せ、文次郎」
    「放さない」

    悲鳴じみた仙蔵の声が苦悶した表情から吐き出される。
    抗う仙蔵ををねじ伏せるために肩の支点を抑え込み、渾身の力で手を握りしめる。
    それでも屈することのない、彼の凛とした双眸に映り込む俺は酷く歪んだ顔つきをしていた。

    (このまま、この指をへし折ってしまえば、止められるだろうか)

    「文次郎、っ」

    ぎちり、と骨が軋む音に恐怖を覚えたのか、胸を打ちつけるような仙蔵の声が弱まった。
    ばねのように押し返された彼の指の力も、ゆるり、と抜けていく。
    「放してくれ」と希う呟きが届いた。

    「頼むから、いくな」











































     

    冬の間、寒そうに露わとなっていた首筋には、彼女が戻ってきていた。

    「春が、怖いんです」

    眠りから目覚めた後に、その身衣を脱ぎ捨てた彼女は、冬と比べると一回り大きくなっている。
    これから餌集めが大変だな、などとぼんやり考えていた俺は、つい、聞き逃して。
    思わず、「は?」と間の抜けた面を彼に向けていた。

    「僕は、じゅんこが眠ってしまう冬よりも春が嫌いです。憎んでるんじゃないかってくらい」

    そんな俺を見ることなく、孫兵は淡々と呟いた。
    まるで自分に言い聞かせるように、一つ一つ、言葉をかみしめながら。
    反応してもいいものか困りつつ、心配げに主人を見つめている彼女を見て、問いかける。

    「何で?」

    落ちたままだった孫兵の視線が、は、っと急上昇し、俺へと定まった。

    「じゅんこが、目覚めないんじゃないかって」

    その、泣きだしそうな眼差しに、彼が何を望んでいるのかを知る。
    けれど、俺はその願う言葉を口にすることは、できなかった。
    どうしても、できなかった。











































     

    彼の言葉は、とても単純明快だ。

    すき。

    その2文字だけ。(あれ、句読点も一文字で数えるんだっけ? だったら、3文字か)

    「いい天気だから、どこかに行こう」
    「お腹がすいたから何か食べよう」
    「今日は空がきれいだね」
    「あ、あそこに、花が咲いているよ」

    他愛のない言葉さえ、まるで、砂糖菓子を口いっぱいに頬張った時のような、甘さと息苦しさを覚える。
    美しい言葉を、ゆるゆると、たくさん並べ立てているけれど、結局、その二文字に集約されるから。
    「すき。」という二文字に。

    だから、僕は答える。











































     

    「雷蔵、」
    「なに」
    「呼んでみただけ」

    私の言葉に、雷蔵はくすくすと笑った。
    花の蕾がほころぶような、ほんのりと甘い声。
    背中合わせに伝わってくる震動が、くすぐったくて、思わず私も笑った。

    くすくす くすくす くすくす

    ほんの少し違う速さの、同じような笑い声が部屋を満たしていく。
    揺れる空気を捕まえたいけれど、残念ながら私にはその術が見つからない。
    そう思ったら、とたんに哀しくなって、私は笑うのを噤んだ。

    「どうしたの? どこか痛いの?」

    そう問いかける雷蔵の顔が哀しそうで、ますます、哀しい気分になった。
    そんな顔をさせているのは私だということは痛いほど分かっていた。
    私が笑えば、きっと、雷蔵は笑ってくれるだろう。
    けど、上手に笑えなかった。
    さっきまで笑っていたのが嘘みたいに、笑い方を忘れてしまった。

    「雷蔵」

    笑う以外に、彼の哀しい顔を止めさせる方法は一つしか見つからなかった。
    だから、私は手を伸ばして、雷蔵の頬をそっと挟み込んだ。
    私に映る目蓋の中で、空と雷蔵とが反転した。











































     

    するりと僕の掌から零れおちた光は、そのまま渦をまくように暗澹としたところへ落ちていった。
    その先にあるのは、きっと果てなんだろうけど、僕は残念ながらそこへは行けない。
    対岸の恨めしそうな眼差しが怖くて、それを握りつぶすように僕は眼を閉じた。



    ポン、と肩を叩かれて目を開けると、目の前に“僕”がいた。

    「うひゃぁっ、」

    飛びのいた僕の反応に満足げに笑うのは、鉢屋先輩以外にはいないだろう。

    「鉢屋先輩かぁ」
    「ごめんごめん。驚かしちゃったみたいだね。
     けど、どうしたんだい? そんな所でぼんやりして」

    どうしていた、と聞かれて僕は困った。
    僕と僕の取り巻く世界は、なんとなく他の人と違っているのには気づいていた。
    この学園の生徒なら、多少、その事を口走った所で、気味悪がることはないだろう。
    確信よりも強い、信念にも似たそれは、入学してから僕の深い所に根ざしている感情だった。

    けれど、だからといって、そのことを説明できるかと言われれば、それは別問題で。
    だから先輩の問に上手く答えれないような気がして、逆に先輩に聞き返す。

    「三郎先輩は、怖いものがありますか?」
    「怖いもの?」

    僕の質問に、先輩は「ううーん。怖いもの、雷蔵が怒ると怖いけど」とおどけて答えた。

    「そういうのじゃなくて」
    「じゃないって、鬼とか妖怪とか、そういったもの?」

    僕が頷くと、急に鉢屋先輩の瞳孔がきゅっと締まって、昏く歪んだ。