「あ、こら。邪魔しちゃ駄目だよ」

さっきからずっと纏わりついているクロを足元から引きはがそうと試みてるけど、ちっとも離れようとしない。そのせいで予定していた時間よりも随分と掛ってしまった。それでも、なんとか、テーブルの上にはたくさんの料理を並べることができた。カーテンを引いた窓から差し込む陽射しのおかげて、より色鮮やかなに見えて、食欲がそそられる。さっきから鳴り続けているお腹の虫を宥めながら、僕は窓の向こうに広がる光景を眺める。川べりの桜が満開で、世界は薄紅色に染まっていた。

(部屋からお花見って、穴場だよなぁ)

そんなことをのんびり考えて一露、長閑な昼下がりに間延びしたチャイムが一つ鳴った。

「はい、はいはいっ」

にゃぁ、とクロが甘えるような鳴き声を一つ上げて、玄関へとすっ飛んで行った。それを見て、自然と僕の唇が咲ぶ。誰か、なんて声を聞かなくても尋ねなくても分かっていた。チェーンもない、今にも壊れそうな古びたドアを押しあける。ふわふわと、温かく倖せな春の匂い。

「おかえり、三郎」
「ただいま、雷蔵」



おかえりなさい、春