逢いたい……。 L o v e s i c k n e s s
恋をすると、死んでしまう
「はぁ」 ため息が、携帯の液晶を曇らす。 「…ハチ……」 わかっていた。メールも電話もなかったことは。着信を知らせるランプは点滅してなかったのだから。それでも、センター問い合わせをしてしまう自分がいる。もしかして、と。気がつけば、自然と指先が、そこに向かってしまっていた。 『新着メッセージ0件』 結局、返ってきたのはそんな冷たい文字ばかりで、期待していたものが萎んでいく。 喉の奥がぎゅ、っと絞られたみたいになって、からからと乾いて息をするのも痛い。瞼の裏が熱を持って、どんよりと重たい。頭の芯がグラグラと揺れている。 ひどく泣きたい気分になる。 「はぁ」 どうしようもない思いを吐き出しつつ、携帯を机に置く。ストラップが机に当たって、ことり、と音を立てた。基本的にシンプルな持ち物ばかりで装飾品はめったと付けないけれど、これだけは外すことができなかった。ハチとおそろいだから。瞼裏にひしめくハチの笑顔。本当に、どうしたんだろう、と思いを馳せては、また、ため息が漏れた。 「兵助」 「三郎……ごめん」 額に皴を寄せているのは、休み時間の喧騒のせいじゃないだろう。最初は「バカップル」とあきれたような眼差しだったのが、だんだん、辛そうに目を伏せるものへと変わってきていた。俺のため息の数だけ、三郎たちが胸を痛めているのを知っていた。けど、どうすることもできない。どうすればいいのか、分からない。ただ、こない連絡を待つことしかできなかった。とにかく、 彼らがいるから、泣かずにいられるのだと思う。 「まだ連絡つかないのか?」 「うん……三郎たちのとこにも連絡ないんだよね?」 「あぁ」 机に頬の横を付けると、ヒヤリと首筋に走った寒気に鳥肌が立った。けど、それもすぐに慣れていく。流れ出ていく自分の熱に、その冷たさが今は心地よい。突っ伏したまま、折りたたみ携帯を開いた。指でボタンを弄ぶ。画面いっぱいに並ぶ、「ハチ」の二文字。リダイヤルにも、メールの送信履歴にも。けれど、着信履歴にも受信メールにも、その名が現れることはなかった。あの日、着いたというメッセージを最後に。 (本当に、どうしたんだろう、ハチ) クリスマス以来、ハチと連絡が取れなくなっていた。電話をかけても出ない。メールを送っても返ってこない。電源を切られているわけでもなく、ただ、返事が来ないのだ。 最初は、約束を破られた、って思いだけが頭を巡って、腹が立って、『どうして連絡してくれないんだ?』と、そんな内容ばかりをハチに送っていた。 でも、だんだん不安が募ってきた。ハチに嫌われたんじゃないかって。嫌いになったから、連絡をくれないんじゃないかって。 新学期になってもハチは学校に出てこなかった。俺だけでなく、三郎や雷蔵にも連絡がないって知って。ハチに何かあったんじゃないかって、嫌なことばかり頭の中をぐるぐると回り続けていた。 (なぁ、ハチ。逢いたい……) ぶぶぶ。振動が、不意に頬を伝った。びっくりして携帯を手にして。ディスプレイの文字に、さらに驚いた。『ハチ』ずっと待っていた彼の、名。 (本当に、ハチ? 夢じゃないよな) 連続して青く光るランプ。着信の合図だった。心臓が胸を突き破りそうなほど跳ね上がって、痛い。携帯に触れる指が、震える。「兵助」と優しい声が勝手に頭の中で再生される。 出たら何て言おうか、そんなことが頭を過ぎる。 「元気だった?」にしようか。「何があったの?」も付け加えた方がいいか? それとも「バカ。すごく心配した」って叫んでみようか? …や、何でもいい。ハチと話せられば、何でも。 「三郎っ」 携帯を耳に押し当て、通話ボタンに手を伸ばした瞬間、ものすごい剣幕で雷蔵が教室に飛び込んできた。苦しそうに肩で息をし、喉奥がひゅうひゅう鳴いていて。蒼白な顔が、何かあったことを物語っていた。思わず、そっちに意識が向く。何かを告げようと、雷蔵の口が動くけれど、言葉にしようとしても、それがままならないようで、「雷蔵?」と心配そうに三郎が背中を撫でる。雷蔵は首を二、三回振って、それから三郎に縋り付くように言った。 「ハチが、ハチが転校するって本当っ!?」 「あ? 何だよ、それ」 「さっき職員室で先生に言われて」 「聞いてない」 「僕だって……何だよ、それ」 三郎と雷蔵のやりとりが、ぼんやり、と耳に届いた。まるで、耳に膜を張られたみたいに、二人の声が篭っていて、何を言っているのかよく分からなかった。映画とかテレビを見ているときのように、現実味がない。遠い世界の出来事を聞いているような気分だ。全てが、非現実だった。 「兵助……」 いつの間にか留守録に切り替わっていたのだろう。耳元にある携帯から、微かに漏れ聞こえる声。ずっと待ち焦がれたハチの掠れたそれが、俺を引き戻した。耳が痛くなるくらい嵐のように激しいノイズの中でも、はっきりと、その言葉は聞こえた。 「……もう、兵助に逢えない。別れてくれ。……俺のことは、忘れてくれ」 → |