昨日の雨に洗われてピカピカに光っているような空には、ミッドナイトブルーがわずかに引っかかっていて。それを押し出すように、鳩羽色、竜胆、灰桜、鴇色、浅梔子のグラデーションが連なっている。冷たくなった空気が、少しずつ温められていくのが分かるような、そんな朝。 (何で昨日は乗ってこなかったんだろう) カタン、カタン、と電車は小刻みに上下を繰り返していた。はす向かいに眠りこけている人の頭が、そのシンプルなリズムに合わせて揺れている。時々、カーブなどで大きな振動が来て、俺は膝の上から滑り落ちそうな鞄を持ち直した。 -------今日は、立ってることができなくて、前まで座っていた所に腰をおろした。 結局、昨日は、そのまま学校の最寄駅のホームでUターンをして、家に戻った。けど、今日は部長会議があって休むわけにいかない。だから、いつもの時間の電車に乗ったけれど、頭の芯が重たい。今日は乗ってくるかもしれない。昨日は、別の電車に乗ったのかもしれない。でも、部活ならこの時間じゃないと間に合わないし。 (何で、ってそんなの、一つしか理由ないよな) きっと、一昨日俺なんかに抱きつかれて気を悪くしたのだろう。もしかしたら、俺の顔なんて、もう見たくもないのかもしれない。じわり、と滲みかける視界に、ぎゅ、と拳を目蓋に抑えつける。気を緩めると、すぐ、涙が出そうになる。不意に、列車から伝わってくる振動が変わって、足元を突き抜けた。 (……川、だ。この川を渡れば、竹谷が乗ってくる駅だ) 波みたいに遠ざかっては近づき、くり返しくり返し聞こえる反響音。確かに足を着けているのに、踏みしめているはず地面がないような感覚に囚われる。ぽっかり、と宙に浮いてしまったかのような不安定さは、募ってくる不安に追い打ちをかける。きゅ、と胸が軋んだ。 ----------------もう、二度と乗ってこないかもしれない。 *** 飛び去っていった景色は、いつの間にか、目で追うこともできるほどにまでスピードが落ちて。見慣れた駅舎が近づいてきて、心臓が痛いほどに早鐘を打つ。俺は自分の足元を見つめることしかできなかった。---------とてもじゃないけど、ドアを見ることなんて、できなかった。 (1、2、3、) 心の中で数を数える。 (4、5、6、) 人々のざわめきと共に、乾いた風が入り込んでくる。 (7、8、9) 目当ての場所に移動する足音が交錯する。 (10、11、12) 扉を閉めるアナウンスが、無情にも流れる。 (13、14、15) 蒸気を発するような音が閉じられて、 「はよ、久々知」 いつものように、少し掠れた眠たそうな声で、俺の名前が呼ばれた。 「た、けや、……何、で?」 ゆっくりと足もとから視線をあげると、そこに、確かに竹谷がいた。スポーツバッグを肩にかけ吊革に手で持ち、立っていた。一昨日と変わらない、まっすぐな笑みを浮かべて。竹谷は、ちゃんと、すぐ目の前にいるのに。--------------何だか、夢を、見てるみたいだった。 「何でって?」 「や、だって、もう…乗ってこないと……思ってたから」 怪訝そうに俺を見遣る竹谷に、途切れながらも、なんとか、言葉を紡ぐ。聞きたいことも、言いたいことも溢れ返っているのに、何一つ言葉にならない。それらの感情は、喉の奥に貼りついてしまったみたいで、喋ろうとしても上手くまとめられない。 「俺が? なんで?」 「だって、昨日、竹谷、電車に」 最後まで言わなくても分かったようで、竹谷は、「あぁ」と笑った。 「昨日、大会だったから、学校休んだんだよ」 「大会って、あぁ、部活の?」 「久々知。俺、部活、入ってないぜ」 「え?」 竹谷の言葉に、頭の中が、また、ぐちゃぐちゃになる。てっきり、竹谷も俺と同じように部活だからこんなに早い時間なんだと思ってた。初めて同じ電車に乗り合わせた時にそんな話をしたような気がして、頭の中で彼との会話を再現する。 (部活の朝練があるって言ったら大変だなって……あ、でも、竹谷は一言も部活って言ってない) 「え、でも、いつもこんな始発だよな」 「あぁ。けど、俺、部活は入ってない」 「じゃぁ、何で?」 窓の向こうでは、ゆっくりとのぼってきた太陽が、街並みを色づけていく。竹谷も、どことなく東雲色に染まって見える。じっと、注がれた眼差しは、どことなく照れているような気がして。 (なぁ、ほんの少しだけ、期待、していいだろうか?) 「何でだと思う?」 好きだと気付いたFriday
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