ひやりとした冷たさが指先で固まっていく。
す、っと重みに耐えかねた雨粒が流星みたいに窓を駆け抜けていく。
パカ…パカ、とビルか何かに灯る赤のライトは滲んで夜闇に溶け出していた。
夕刻より降りだしたそれは止む気配が全くない。

(せっかく、先輩も休みだったのにな)

恨みがましく空を眺めた所で、状況は好転するわけじゃないけれど。
ため息をひとつ零して、雨に煙る世界を睨む。
屋根を穿ち、樋を溢れんばかりに駆け降り、川のように一筋となり…激しさが増していく。
耳を侵す雨音は奥の方でぶつかり、跳ね返り、こだまし、飽和し始めていた。
亡霊みたいにぼんやりとガラスに映っていた自分が、一瞬、鮮やかに浮かび上がった。



「綾部、雷、好きなんだ?」

閃光に切り裂かれた闇が戻ってきたガラスに、もう一人。
振り向きながら私が首を横に振ると久々知先輩の目が軽く見開いて、「そうなの?」と唇が動いた。
どうしてそんなことを思うのか、と訊ねるように先輩を見遣ると、察したように、一歩、私の方に身を寄せた。



「さっきから、いやに熱心に雷を見てたからさ」

ほら、と先輩が指した窓は、私がずっと傍にいたからだろう、仄白く曇っていた。
そこに、また稲光が龍のように九十九折りに過った。
心の中で数を数える。



(いち、にぃ、さん、)



「安全と分かってる場所で見るのは楽しい、っ、」

天を引き裂くような激しい雷鳴に身がすくみ、喉奥が痙攣して言葉が続かない。



「おぉっ!……今のは近かったな」

驚きを目に浮かべさせたまま久々知先輩が私の顔を覗き込んだ。
えぇ、と相槌を打とうにも上手く言葉を紡ぐことができない。



「綾部?」

眉を潜めて怪訝そうに私を見る先輩に、硬直した喉をほぐすように、ゆっくりと息を吸いこんで、それから事訳する。



「見るのはいいんですけど、音、ダメなんです」
「あぁ」

頷いた先輩は、それから「けっこう、怖がりなんだな」と、雷を怖がる幼子をあやすかのように小さく笑った。
カメラのフラッシュがたかれたかのように光が疾り、私を見つめる先輩の相貌に彫り深く影を落とした。
慌てて、いち、にぃ、と胸内に数を刻み、落雷に備えて。



「……先輩?」

と、耳の中で騒ぐ雨音が遠ざかった。



「こうすれば、ちょっとはマシだろ」

先輩の大きくて温かな掌が包み込むように覆っていた。








(先輩の掌に雷鳴が閉ざされて、)
ふりかえると雨の降る








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