※にょたくく。呼び方そのまま。竹久々前提の勘+久々。勘ちゃんが過保護というか若干シスコン気味。



「ねぇ、勘ちゃん」

割と速いペースでぱらぱらとめくられていた頁の音が途切れ、俺は持っていたシャープペンシルをノートに転がした。背もたれに体を預け、回転式の椅子を声のした方向に回せば、ぱっちりと長い睫毛に縁どられた兵助と目が合った。

「ん? どうしたのさ?」

時間は午後10時。年頃の男女が、って言われる時間だけど、別にその光景はなにも珍しくものじゃない。1年のうち360日くらいは家に入り浸ってる幼馴染だ。(近いうちに、その日数が減ってくんじゃないかと思うと、それはそれで、ちょっと淋しい) 声の主は人のベッドに勝手に上がりこみ、顎の下あたりにクッションを挟んで寝そべりながら、すっかりリラックスして本を読んでいた。これも、普段と変わらない。ただ、いつもと違うのは、兵助が手にしている本がファッション誌という点だった。

「あのさ、」

上体だけ起こしていた彼女はきちんとベッドの縁に座り直した。真面目な話かと、こちらも身構えるも、それだけ言ったっきり兵助は黙り込んでしまった。気まずそうに視線をあちこち飛ばす彼女の頬は、どことなく紅潮している。中々、言い出さなそうな雰囲気にこちらから「何か相談?」と持ちかければ、彼女はこくんと頷いた。ゆっくりと話を聞こうと身を乗り出せば、ぎ、と椅子のスプリングが軋んだ。

「やっぱり男の人って、ひらひらふりふりすけすけ、がいいのかな?」

しばらく躊躇っていた兵助が、恥じらいを押しだすかのように叫ぶみたいにして言ったのは、全然、想像もしなかった台詞だった。思わず固まってしまった。何だ? 『ひらひらふりふりすけすけ』って。どっかの呪文じゃあるまいし。主語がないせいで意味がさっぱり分からず、兵助に何て返せばいいのか困っていると、ぽつぽつと続きを話し始めた。

「……あのさ、今週の日曜に、出かけようと思うんだけど」
「なに、ハチにデートにでも誘われた?」
「や、デート、って言われたわけじゃないんだけど…うん…」

もごもごと口ごもる兵助はあれだ、いちごみたいに顔が真っ赤になっている。大体の事はさっぱりしていて竹を割ったような性格の兵助も、どうやら色恋沙汰となれば別らしい。今まで見た事のない一面な気がして、ちょっと変な気持ちになる。

「うん、それで?」
「服装、どうすればいいか分からないからさ、三郎に相談したんだよね」

あー、と声を出していた。話の展開が読めたような気がした。予想通り、溜息にも似た声で兵助が「そしたら、『男の好きな服装なんて、ひらひらふわふわすけすけに決まってるだろう』って言うんだけどさ」と続けた。幼馴染の贔屓目を差し引いても兵助は美人だと思うが、彼女は服装に無頓着な部分があった。動きやすい物を好んで着る兵助のタンスには、少なくとも三郎が言っているような『ひらひらふわふわすけすけ』の服なんてないだろう。

「それは……相談する相手が間違ってると思うぞ」
「そうなの? 三郎は『これなんか、ハチが絶対喜ぶぞ』って貸してくれたんだけど」

彼女が指を示したファッション誌面には、これでもかと露出したものだった。ふわふわとしたニットはノースリーブで、襟ぐりは鎖骨が見えるどころかかなり深く際どい。屈んだら中が見えちゃうんじゃないだろうか。皮のミニスカートには、ばっちりスリットが入っているし、おまけに、そこから伸びるのは網タイツなんて出で立ちだった。すらりとした兵助ならば確かに着こなせそう、というか、すごく似合うと思うけど----------こんなのハチに押し倒してくれって言ってるようなものじゃないか。

「駄目。これは駄目。絶対駄目っ」

想像に熱が籠った俺が慌てて全否定すれば、その勢いに兵助は、むぅ、と唇を尖らせてむくれた。

「何もそんな叫ばなくても……そりゃ、自分でも似合わないと思うけどさ」
「いや、そんなことないけど」
「だったらさ」
「でも駄目。絶対、駄目。駄目ったら駄目」
「……やっぱり似合わないんだろ」

落ち込んでいる様子の兵助を見ているとかわいそうになったけれど、まさか貞操の危険があるから駄目だなんて言えなくて。どうしようかと、彼女が納得してくれる言い訳を考えようと色々と辺りを見回す。と、部屋の隅の鴨居にコートがハンガーで吊るされているのが目に入った。

「や…ほら、この恰好だと寒いだろ。どこに行くのか知らないけど」

なんとか、それっぽく言い繕えば、あっさりと兵助は「あ、そうか」と引きさがった。ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間、彼女は俺の方をまじまじと見つめた。黒く濡れた大きな瞳の上目遣いに否応なしに鼓動が速まる。

「じゃぁさ、勘ちゃんはどんな服装がいいと思う?」
「ていうかさ、ハチに聞けばいいんじゃないの? どんな恰好が好きかって」
「それはダメ」

私服を見せて驚かせたい、なんて可愛いことを言うもんだから、明日ハチに一発見舞おうと心に決めた。

(あー、俺も彼女作って、早く兵助離れしよう。ハチもいることだし。うん)

「勘ちゃん、お願い! 見立てて!」
「俺、あんまりセンスないよ」
「でも、勘ちゃんがいい。私の事、一番分かってるし」

不意打ちな嬉しすぎる言葉に前言撤回。-------もうしばらく、このポジションはハチには譲れない。

「勘ちゃん?」
「あ……お正月に買ったやつは? ほら上が白のさ」
「あぁ! ちょっと待ってて。着替えてくる」

ベッドからぴょこんと立ち上がると慌てて出ていこうとする兵助を俺は引きとめた。

「あ、兵助」
「何?」
「頼むから着替える時はカーテンを引いてくれ」



(不思議そうな面持ちで「え、何で?」とのたまう彼女に俺の胃は一気に痛くなった)
どうやら心配性にかかったらしくて








title by メガロポリス