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ごめん、心から祝えそうにありません(とりあえず微笑だけ張りつけとく)
終業の鐘と同時に飛び込んだ部屋は、がらん、としていて寒く、彼の不在を象徴しているようだった。 今日こそは帰ってくるかも、と期待に膨らんでいた心が冷えて萎んでいく。 途端に、懸命に走ってきた足の力が抜けて、その場に座り込んだ。 「どうしたの、喜三太」 どれくらい、そうしていたのだろう。 視界の端に僕と同じ色の衣が映り、顔を上げる。 そこには、おっとりとした笑みを浮かべた同級の友がいた。 「乱太郎…」 「金吾の、こと?」 躊躇うように言葉を詰まらせた乱太郎に頷くと、そっか、と僕の隣に腰を下ろした。 「もう、帰ってこないんじゃないかなぁって」 自分で行った言葉が、つきり、と胸を突いた。 あの日から、じわりじわり、と僕の中で育っていた感情。 空っぽの部屋を見るたびに、部屋から金吾の気配が薄れていくのを感じるたびに。 「どうして?」 僕を覗き込んだ乱太郎は、少し困惑気な色を目に浮かべていた。 言ってしまったら本当になってしまいそうで、でも、一人胸の内に納めとくこともできなくて。 あの日から、金吾が旅だった日から、ずっとぐるぐると渦巻いている感情が、口から勢いのまま迸る。 「だってさ、金吾はずっと強い剣豪を目指してきたわけでしょ」 「うん」 「学園でも毎日自主練習してるし、休みだって、戸部先生と一緒に修行してるし」 「うん」 「だからね、元服の儀を上げるって言った時の金吾、すごく嬉しそうだった」 まだ、瞼裏から消えない、頭の頂から足のつま先までピンと伸びた背中と、誇らしげな笑顔。 「あれぇ、金吾、どうしたの?」 委員会が終わって寮の長屋に戻ると、ふ、と部屋の中が妙にすっきりとしていることに気が付いた。 引出しから何かを出しては仕舞っている同室の金吾の姿がそこにあって。 大掃除には少し早いよねぇ、と思いながら声をかけた。 「あ、喜三太。ナメクジを壺から出して、部屋をヌメヌメにするなよ」 「ほへぇ?」 「俺、しばらく、部屋を空けるからな」 風呂敷を広げる手を止めることなく、金吾が言った。 よく見れば金吾は制服ではなく、休みのときに町に出かけるような井出達で。 予想外の言葉に僕は言葉を失い、ただ、ぽかんと口を開けたまま金吾を眺めていた。 「喜三太?」 からからと、ひび割れた唇から、なんとか「あ、うん」という言葉を押し出す。 「じゃぁ、あと、頼むな」 「……しばらくってどれくらい?」 「一月以上、かな」 「そんなにも長くかかる課題なの?」 僕の言葉に、「そっか、言ってなかったか」とようやく金吾は刀を手に、顔を上げた。 「課題じゃないんだ」 「え」 「家に帰ろうと思って」 「家って、相模の国?」 「あぁ」 頷く金吾が、遠い。 紡ぐ言葉を失って、ただ、黙り込むことしかできなかった。 けれど、僕の目に浮かんだ「なぜ」という疑問を金吾は汲み取ったようで、説明に就く。 「正月で俺たち14になるだろ」 「うん」 「元服の祝いを開くって言うからさ、今年の冬休みは帰ろうと思って」 刀を胸に大事そうに抱え、はにかんで言う彼に、浮かび上がった想いは、打ち明けることなく沈殿して。 ざわざわと騒ぐ心を必死に押さえつけて、僕は微笑みを貼りつけることしかできなくて。 それすら、ちゃんとできているのか、自信がない。 (ちゃんと、笑えてる、かな?) 僕の頭を、ぽん、と一回叩いて「いってきます」と告げた金吾の背中を、ただ見送ることしかできなかった。 「わかってるんだ」 「何が?」 「ずっと金吾がそのために頑張ってたこと。 毎朝早く起きて木刀を振り続けているのも、放課後に裏裏山まで走っているのも、 夜に部屋で筋肉を付けるためのトレーニングをしているのも、知ってる。ずっと見てきたんだもん」 「うん」 「でもさ、素直に言えなかった。『よかったね。おめでとう』って」 (行かないで、って気持ちの方が大きくて) 「喜三太は、言えなかったこと、後悔してるの?」 「…分かんない」 そう問われて正直な感想を漏らすと、乱太郎は小さく笑った。 「言えたらいいなぁ、って思うけど、けど、多分言えないもの。 もしも、あの時に戻れてもね、きっとね、言えないと思うんだ」 「ならさ、それでいいんじゃない」 「え」 「金吾が帰ってきたら、おかえり、って言ってあげなよ」 「おかえり?」 「金吾は、いってきますって言って、旅立ったんでしょ」 「うん」 「じゃぁ、おかえり、って言ってあげなよ」 乱太郎の柔らかな笑顔に、そっと、口の中で呟いた『おかえり』は、僕の胸をほんわりと温めた。 (ねぇ、金吾。金吾の「いってきます」の言葉、信じて待っててもいいかなぁ)
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