
綾部へ 久々知兵助
これを綾部が読んでいる、ということは、もう私はこの世にいないのだろう。
遺書なのだから、家族にでも、と思ったんだが、一番最初に浮かんだのが綾部だった。
何故だろうな。
この文を書いたら、その理由が分かる気がして、筆を走らせてる。
生きている間に、死んだ後のことを考えるのは不思議な気分だ。
私がいない世界でも、綾部はきっと、相変わらず穴を掘り続けてるんだろうな。
そうであるならば、この文を深い深い穴の底に埋めてほしい。
そして、忘れてほしい。
…いや、少し、嘘をついた。
穴を掘ったとき、思い出してほしい。
いつもでなくていい。時々でいい。
綾部を想った久々知兵助という人間がいたことを。
潮江文次郎様 立花仙蔵
どうやら、私は死んだらしい。
仕方ないから、あの世でお前を待つことにしよう。
分かっていると思うが、私は待つのは嫌いだ。
あまり待たせるなよ。
留さんへ 伊作より
僕は、どうやって死んだのだろう。任務を果そうとして? 戦場で?
あぁ、留さんを守って死ねたとしたら、幸せだな。
少なくとも、穴に落ちてとか不運な結末でなければいいけど。
あぁ、でも「伊作らしい」と皆が笑ってくれるなら、それもいいか。
留さん。
不運だとはいえ、不幸だと思ったことはないのは、留さんのお陰だと思う。
ありがとう。
君と出会えたことが、幸せだった。
(もしかしたら、そこで一生分の運を使い果たしたのかもね)
さようなら。そして、ありがとう。
滝へ 小平太より
滝、ちゃんと、ご飯を食べてるか?
滝は細すぎると思う。や、別に、抱き心地が悪いとか、そんなんじゃないから。
気にしなくていいぞ。それはそれで、いいと思うし。
あ、でも、体が基本だぞ。ちゃんと食べないと、長い距離は走れないし。
今日の委員会でも、いつものように走るからな。
とにかく、しっかり食べた方がいいぞ。
ん? この手紙を滝が読む時は自分が死んだら時だから、委員会はなしかな。
まぁ、いいや。話がずれたから、戻すけど。
ちゃんと、布団から出て、ご飯を食べて、いつものコースを走って。
で、笑ってほしい。
滝に、笑ってほしい。それだけだ。
仙蔵へ 潮江文次郎
馬鹿で悪かったな。
なんとなくだが、死んだら、お前に「馬鹿」と罵られる気がするから、
そうやって書いておく。
つーか、けちょんけちょんに言われそうだから、できれば死にたくないんだが。
なぁ、仙蔵。最近、ますます、お前、口が悪くなってないか?
それなりに傷ついてるんだが。
なんて書いたら、「文次郎でも傷つくのか?」と言われそうだな。
…まぁ、手紙で文句を言ってもしかたあるまい。
そもそも、この手紙を読んでる時に、俺はこの世にいないんだった。
自分がいない先のことを考えるのは性分に合わねぇから、ここで筆を置くことにしよう。
最後に謝っておく。先に逝って、すまない。
あの世で待ってる。
久々知兵助先輩へ 綾部喜八郎 拝
先輩に手紙を書くのは、なんだか不思議な気がします。
最期の言葉を、生きているうちに考えるのは難しいですね。
何を書けばいいのか、さっきから、ずっと考えてます。
ここまで書いて、外に行ってきました。
なので、ここからは、さっきの文章から少しだけ時間が経ってます。
(そのまま置いてあったから、少し、墨が掠れて薄くなってますね)
さっき、外に出て穴を掘っていたら、久々知先輩に出会いましたよ。
「綾部、なんだ、また、穴を掘ってるのか?」だそうです。
それで、ふ、と思ったのですが、
『一度も久々知先輩に名前で呼んでもらったことがないなぁ』と。
いつか先輩、言いましたよね。「よい名だな」って。
なのに、一度も私の名を呼んでくれたことがない気がするのです。
一度でいいから、読ばれてみたかったな、と思うのです。
それとも、この手紙を先輩が読む時までに、この願いは叶ったのでしょうか?
それを知る術がないのが、残念です。
もし、この願いが叶ってないのなら、お願いです。
一度だけ私の名を呼んでくれないでしょうか。
「喜八郎」と。
「さて、と。委員会だったな。行こうか」
文を読みたそうにしている後輩達の背中を押し、文紙をくるくると丸めた。
(願わくば、この恋文を君が読む日がくることがないよう、)