「すごい人だね」 「まぁ、この街じゃ一番大きい神社だしなぁ」 雷蔵と三郎の言葉の通り、神社へと続く参道はものすごく混んでいた。とはいっても、テレビや新聞に載るような有名神社みたいな行列ができてる、ってことはない。去年もこうやって5人で連れ立って来たが、おそらく、拝殿の周りに人だかりができている程度で、あとはこの参道みたいに、そこそこ混み合っているといった感じだろう。 「あ、おしるこ発見」 嬉しそうに声を上げてふらふらと吸い寄せられそうになった勘ちゃんに、「勘ちゃん、まず、お参りしてからにしようよ」と雷蔵のチェックが入る。頬を膨らませて「ちぇ」と零した勘ちゃんに幼子を宥め賺すような口調で「後で、三郎に奢ってもらうんだろ」と兵助が返す。兵助が言っているのは、おそらく、俺がバイトから帰ってくる時間の賭けのことだろう。負けた方が勝った方におしるこを奢るとかって話になっていたらしく、三郎が負けたのだ。兵助の言葉に、すぐに勘ちゃんは店の前から戻ってきて、それから「鉢屋、忘れるなよ」と三郎に声を掛ける。 「おい、兵助、思い出させるなよ」 「だってそうでもしないと、勘ちゃん、離れそうにないし」 「逃げるなよ、鉢屋。逃げたら、楽々亭のスペシャルチャーハンラーメンセットだから」 勘ちゃんが挙げたのは、この辺りでも有名なビッグメニューだった。5人前とも言われるそれを、勘ちゃんはぺろりと平らげてしまう、ブラックホールな胃袋の持ち主なのだ。もちろん量が多いということは、値段も高いってわけで。舌打ちをした三郎は「わーってるし」とぶつりと呟いた。 「ほら、はやくお参りして、僕らも買いに行こうよ」 まだ羨ましげにおしるこを眺めている勘ちゃんに雷蔵が声を掛ければ、ようやく勘ちゃんはその場から離れた。参道には他にも甘酒を売っていたり、綿あめや焼きそば、ラーメンにうどん、フランクフルトにベビーカステラ、くじやわなげまであって、お祭りみたいな雰囲気だ。もう参った後なのかその前なのかは分からないが、初詣客があっちこっちの店の前で足を止めている。いつもなら静かな夜も、今日ばかりは賑やかだ。 「ハチは何、買うんだ?」 「俺? ラーメンかな。温かいもの食いてぇ」 ちょうど少し前方に見えた屋台の暖簾の文字に、そう答える。ちらり、と兵助は俺に視線を投げかけ、それから「あー、その格好だしな」と納得したかのように頷いた。バイト明けでこたつでうとうとしていたところを「行くぞ」と叩き起こされ、置いて行かれそうになって、訳が分からねぇまま飛び出してきたために、ダウン一枚羽織っているだけ、という寒々しい格好になってしまったのだ(マフラーとかニット帽とか手袋とか付けてきたかった)。どれだけ頑張ったって、ダウンジャケットの隙間から冷たい風は入り込んでくるし、むき出しになっている顔や手の感覚は麻痺している。ぶるり、と震える体は温かいものを欲していて、できることなら、このまま屋台に駈込んで、温かいラーメンをいっぱい啜りたいどころだ。通り過ぎるときに、つい、足を止めてしまえば、 「ま、じゃぁ、お参りが終わった後な」 という言葉が返ってきた。俺が寒いと知っているのだから「寄って行くか?」という言葉が兵助の口から出ないだろうかと期待したが、俺の願いは、あっさりと絶たれた。一応「先に寄らねぇ?」と聞いてみれば、はぁ、と溜息を吐かれる。常識外れです、と言わんばかりの彼の面持ちに「後にします」と引き下がった。仕方なく、悴んだ手をポケットに突っ込み、先を歩く三人の背中を追いかける。 「そっこーで終わらせようぜ」 「罰当たりなこと言わない方がいいぞ」 「だってよー。寒ぃし」 そんな会話をしながら、足早に歩けば、すぐに三人に追いついた。そのまま、横からはみ出した砂利が転がってる石畳の参道を、だらだらと進む。と、不意に隣を歩いていた兵助の足が止まった。何だろう、と彼の視線の先を辿ろうとして、けど、先に雷蔵が気づいた。 「甘酒かーおいしそうだね。飲む?」 「飲む」 「あ、いいね。俺も飲みたい」 さっきまで、常識外れですって言うような勢いだったのに、あっさり掌を返した雷蔵と兵助に、えぇっ、と呆気に取られていると雷蔵が「ハチと三郎は?」と振り返った。気になったのは俺だけなんだろうか、三郎はごくごく普通に「あ、いい。ああいうの、ちょっと苦手だ」と受け答えしていて。言葉が出てこない俺は、ぽかん、と口を空けていることしかできなくて。 「ハチも駄目だったよな。すみません、甘酒、三つ」 代わりに答える兵助を俺はただただ見送ることしかできなかった。と、どこかで歓声が沸き上がる。何だ、と思えば、三郎が「あー、年が明けたな」と取り出した携帯を俺の方に見せた。何か、改めてこいつに新年の挨拶をするもの、こっ恥ずかしくて「そーだな」なんて、適当に答えていると、紙コップに甘酒を注いでもらった三人が戻ってきた。雷蔵がちらりと三郎の携帯を見て「もしかして、もう年越しちゃった? みたいだね」と自己完結し、それから口を開いた。 「あけまして、おめでとう」 「今年もよろしく」 「今年っていうか、まぁ、ずっとな気がするけど」 兵助に続いて勘ちゃんがそんなことを言えば三郎が「嫌な気ぃだな」と混ぜ返したけど、その口元は笑っていた。 *** 「賽銭賽銭、っと」 甘酒を飲み終えた三人が俺のためにラーメンの屋台に戻ってくれる、ってこともなく、そのまま俺たちは神社の中へと入った。それなりにできている列の最後尾に並び、待つ。拝殿が近づいてきて、尻ポケットに突っ込んだ財布から俺は迷った末に100円玉を出した。夏祭りの時とかは10円しか入れねぇんだけど、正月だし、と、大奮発することにする。ひんやりとした銀色のそれを投げ入れようか、としたとき、ふ、と隣にいた勘ちゃんが、がま口を覗き込んでいるのに気づいた。 「どうしたんだ?」 まさかお金を忘れてきたんじゃないだろうな、と思いながら声を掛ける。どこで買ったのか、って聞きたくなるような(まぁ、おそらく彼のバイト先である東南アジアとかのものを売っている店なんだろうけど)、ど派手な色彩のがま口に指を突っ込んでいた勘ちゃんは、「5円玉、あと1枚ないかな、と思って」と、一度、手をがま口から離すと、握りしめていた掌を俺の方に開いて見せた。そこにあるのは大量の5円玉。 「何だ、そりゃ」 5円玉一掃処分、とでもいうかのような5円玉の山。こんなに賽銭に入れるんだろうか、と、つい、素っ頓狂な声を上げてしまっていた。驚いた俺が不思議、と言わんばかりに勘ちゃんは俺の方を見遣って、「何、って5円玉だけど」と言ってきた。 「それは見たら分かるけど、それ、全部入れるのか?」 「うん。じゃないと、意味ないし」 意味がないってどういうことだ、と思いつつ、もう一つの疑問を先に口にする。 「いったい何枚あるんだ?」 「8枚。だからあと1枚いるんだけど」 「5円玉、9枚も入れるのか? 何で?」 当の勘ちゃんではなく雷蔵が「あ、僕知ってる」と声を上げた。顔をそっちに向ければ、「5円って、ごえんがありますように、って意味なんだよね」と雷蔵は勘ちゃんに話しかけた。そうそう、と勘ちゃんは頷いたが、俺にはちっともさっぱり分からねぇ。 (ごえん? 5円がありますように?) いったいどういう意味なんだろうか、と思っていると、それが顔に出てたんだろう。 「ハチ、ご縁だよ。縁」 と、兵助が俺の手を取り、そこに指で『縁』という字を書いてくれた。5円。ご縁。なるほど。ようやく音と言葉と意味が合致して、「あぁ」と声を上げる。「5円とご縁を掛けてるのか」と感歎を漏らせば、それまで俺たちのやり取りを見ていた三郎が口を開いた。 「5円玉1枚で『ご縁がありますように』。3枚で『十分、ご縁がありますように』ってな」 「何で3枚だとそうなるんだ?」 「5円が3枚でいくらだ、ハチ」 5円が3枚。頭の中で描きながら、「5円かける3だから15円だろ?」と答える。けど、まだ、ピンとこない。それがどう関係があるんだろうか、と思っていれば、俺が聞けば三郎は理解が悪いな、って顔をした。それでもちゃんと最後まで面倒みてくれようとしているようで。 「15円を分けると?」 「分ける? 10円と5円?」 「そう。だから、じゅーぶんにご縁がありますように、って言うんだよ」 そう言うと三郎は「まぁ、こじつけだけどな」と皮肉めいたように付け足した。それに対して雷蔵がおっとりと「でも、おもしろい考え方だよね」と笑い、それから「三郎もそういいつつ、いつも5円玉入れてるでしょ」と突っ込んだ。慌てて三郎が「雷蔵」と咎めたけど、時すでに遅し。そうやって言われれば、いつも三郎は賽銭に5円玉を選んでた気がする。てっきり、ケチというか、神様なんて信じてないから、そんな金額なのかと思ってたけど、 「お前ら、笑うな」 そっぽを向いた三郎の耳は暗がりでよく分からねぇけど、真っ赤になってるように見えた。ひぃひぃ、と喉を震わせて笑っている勘ちゃんに「笑いすぎ」と注意する兵助の口元も緩んでいて。ただひとり暴露した雷蔵だけが「え、だって本当のことでしょ」とのほほんと佇んでいる。当然、俺も堪えようとしても堪えきれるものじゃなくて笑っていると、三郎にどつかれた。 「って」 「笑ってるお前が悪い」 ふん、と鼻を鳴らした三郎は、賽銭箱の方に向かって小銭を投げ入れた。一応、目を凝らしたけれど、5円玉かどうかまでは、分からなかったけど。ぶら下がっている鈴みたいなのを鳴らし出した三郎に、慌てて俺も握りしめていた100円を賽銭箱に入れようとして、せっかくだし、と財布をもう一度取り出した。 (どうせなら、俺も5円玉にするか) 小銭入れとなっている部分を見遣れば、淡い金色の小銭が見つかった。まだ、がま口を覗き込んでいる勘ちゃんに「ほい」と手渡す。びっくりしつつつも「いいの?」と受け取る勘ちゃんに「おぅ。ちょうど二枚あったから。来年までに返してくれたらいいし」と返せば、「来年、ってまた、気が長いな」と笑われた。そう言われて、もう年が明けてしまったことを思い出した。けど、訂正するのも面倒で「あー、まぁ、待ってる」と言っておく。それから話を変えた。 「ってかさ、9枚にも意味があるわけ?」 「あるよ。5円玉9枚で何円?」 「え、45円?」 勘ちゃんは5円玉9枚--------45円分を、賽銭箱に向けて投げた。枠にぶつかったり小銭同士で当たったのか、甲高い音が辺りに響き、そして収まる。全部、中に入ったのを確かめた勘ちゃんは、ゆっくりと「よんじゅうごえん、じゃなくて、しじゅーごえん」と一字一字を伸ばしながら言った。俺が「しじゅうごえん?」と聞けば、勘ちゃんは「始終ご縁」と『始終』を空書きし、「つまり、初めから終わりまで縁がありますようにってこと」と続けた。 (へぇ、すげぇな。始終ご縁、か) 感動していると、勘ちゃんは朗らかに笑った。 「ま、神様はともかくさ、みんなと始終ご縁があればいいよね」
あけおめ!ことよろ!
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