砂糖とミルクはご自由にどうぞ




夜がまだ残っていて、それが透けて見えるような竜胆色の朝だった。
金属みたいな冷たさが取り残された、そんな空が窓の向こうに広がっている。
すっきりとしない重たい体を引きずって、目を覚まそうと洗面所に向かい、ふ、と居間に人の気配を感じた。



「なんだ、もう起きてたのか?」

雪崩れかかるように椅子に座っていた仙蔵は、部屋に入ってきた俺の方を一瞥し、「まだ、だ」と不機嫌そうに訂正した。



「まだ? 寝てないのか?」
「あぁ」

力なく答える声は、まるで獣が唸るように低い。
徹夜明けの異常な張りのせいか、奴の目の奥で怖いぐらいに光の珠が輝いている。
オーク調のテーブルに散乱する白き紙束は、あちらこちらでぐらついていて、今にも大惨事に発展しそうだ。



「レポートか?」
「学会資料の準備」
「いつまでなんだ?」
「今日の夕刻」

恐らくは突然頼まれたのだろう、いつもの3倍ぐらい眉が跳ね上がっていて、その表情に仙蔵の怒りを感じさせられる。 けれど、文句を垂れる気力すら惜しいらしく、仙蔵はそれだけ言うと、遠く視線を漂わせ、さらに背もたれに深く腰掛けた。 その途端、仙蔵にしてはめずらしい艶のない黒髪が、だらり、と奴の頬へと落ち込む。



「大変だな」
「お前は? こないだ叫んでたろう、期限を忘れてたと」
「一応、な。形にはなっただろ」

昨夜、長時間パソコンの画面を眺めていたせいか、まだ乾く目を瞬かせて、そう答えると仙蔵は鼻を鳴らした。



「コーヒー」

仙蔵の要求に、仕方ない、と彼に背を向けキッチンへと繋がるすだれを手でかき分ける。



「……淹れてやるから、少しは机の上、整頓しろ」
「めんどうだ」
「零れても知らんぞ」

背後からため息が一つ、それから、がさごそと紙を押しのける音が届いた。









***



「なんだ、インスタントか」

マグカップを手渡すと、鼻をひくつかせた仙蔵が文句をつけてきた。



「あのなぁ。こんな朝一で豆から挽けるかよ」
「ふん。まぁ、ドリップ式だから、よしとしようか」

俺の反論にそう答えると、カップに唇をつけ、ゆっくりと持ち手を傾けた。
それを見つめながら、俺も自分のカップに手にする。
立ち上ってくるどことなく酸味のある匂いが、空腹の胃を刺激し、差し込みを覚える。
それを宥めるようにコーヒー流し込むと、傍らの仙蔵が喉を鳴らして笑っているのに気が付いた。



「……何を笑ってるんだ?」
「いや、随分と色気のない“夜明けのコーヒー”だなと思って」
「なら、今度、色気のあるのをやってみるか?」
「その時は、豆から挽いてくれるんだろう?」

俺を見上げる仙蔵の誘う眼差しは、コーヒーよりも、ずっと深い黒で。











(まるでミルクと砂糖をたくさん入れたかのような甘い言葉に眩暈を覚えた)








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