君は一等星
「留さんの馬鹿」 何度眺めたって変わらない文面に溜め息を吹き掛けると、僕は勢いよく携帯を折り畳んだ。 携帯のストラップが指先に引っ掛かって、チャラリと金属の擦れる音が耳を突く。 鈍色の雲が支配していて、ただでさ薄暗かった雑踏に、夕闇が陰を重ねていく。 橙色の街灯が、ぼわり、と点き出した。 『悪い。仕事が忙しくて抜けれそうにない』 そっけない三行メール(ってか、三行もないし)は、たぶん、本当に忙しいのだろう。 絵文字一つないそれからは、業務の合間を縫うようにして人目を盗んで打ったのが伝わってくる。 だから仕方ない、って頭では分かっているけれど、約束を反故された、って気持ちの方が上回っていて、誰に聞かせるわけでもなく、思わず愚痴めいた言葉を僕は吐きだした。 「だいたい、ライブに行きたいって言ったの留の方なのに」 元々、このバンドは僕が大好きで、CDを何枚も持っていて。 どうせなら同じものを好きになってもらいたい、と留さんに聞かせていたら、予想以上にはまってしまって。 新譜にワンマンをするって告知があるなぁ、なんて思ってたら彼がいつの間にかライブのチケットを2枚手に入れていた。 僕はというと、実はライブにはあんまり乗り気じゃなかった。 というのも、大音響の中にいるってのが得意じゃなかったりするのだ。 昔からというか、小学生の頃、僕のすぐ傍にあった木に雷が落ちて以来。 だから、好きなバンドは結構いくつかあったけど、コンサートや野外ライブ以外はあんまり顔を出したことがなかった。 雷が嫌いなことは留さんも知ってるけど、ライブというか大音響が苦手なことは言ってなかったし、とチケットを受け取って。 せっかく留さんと二人で行けるんだから、と昨日まで残業をしまくって今日の夜に備えたわけで。 (ふん。後で自慢してやるんだから) 手の中のチケットを親の敵のように握りしめ、僕は一人、歩きだした。 *** 虹が地面に落ちていた。 道路にいくつもできた水たまりが街灯の光を跳ね返す。 オイルが流れ出したせいだろうか、まるでシャボン玉の膜みたいに偏光して、玉虫色に輝いていた。 (結構、大音響だったから、雨が降ってたなんて、全然気付かなかったなぁ) いつまでも引かぬ波音のように、うねるように音が頭の中を巡り続け、自然とラストの曲を口ずさんでいた。 想像したのと違って、音は大きかったけれど耳や頭が痛くなることはなかった。 冷めやらぬ余韻は心地よく、ライブに行ってよかったなぁ、と独りごちる。 (留さんも来ることができたらよかったのに) 空を仰ぎ見ると、ぴかり、と青白い星が一つ瞬いた。 全てが洗い流されたのか、磨かれた鏡のように美しい空だった。 生ぬるい風に含まれた湿気が耳に張り付いて、わずかに雨の名残りを感じさせる。 「伊作っ」 振り返ると、さっきまで思い浮かべていた人が、そこにいた。 走ってきたのだろうか、息を弾ませた留さんの髪は、まるで洗ったみたいに濡れている。 驚きのあまり、「留さん!?」と名を呼んだまま、それ以上言葉にならず、目だけで「何で?」と問いかける。 「雷が酷かったから、お前が怖がってるんじゃないかって」 仕事を抜け出してきた、とワイシャツを肌に張り付けて笑う留さんを見て、僕の心はさっき見上げた宙みたいだった。 (ぴかり、と光って、)
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