くちにして
昼間の空を泳ぐ月は、昔話に出てきたのっぺら坊主のように白い。 ただ、その妖怪と違う所は、つるりとした部分以外の影があることだろう。 そこを目や口に見立てては、案外、彫りが深いんだな、なんてことを考えていると、 「綾部」 いつの間にか、隣で久々知先輩が私と同じように空を見上げていた。 「何を見てるの?」 「えっと……月を」 さっき考えていたことを伝えようとして、やっぱり、面倒になって止めた。 人(特に滝とか)が言うには、私は言葉が足りないらしい。 思っていることとか疑問とかを口にせず、相手任せな部分があると。 それでは相手に伝わらない、と散々言われてきた。 「月ね」 最初は小さく空気が揺れている程度だった。 やがて肩を震わせて、先輩は声を立てて笑いだした。 そんな風に先輩が笑うなんて知らなかった、と、ぼんやりとした淋しさに覆われる。 「何、笑ってるんですか?」 「珍しいなぁ、と思って」 笑いを噛み殺しきれないままの先輩の返答に、珍しいものが見れた、と逆に思う。 そんな私に気づかなず笑い続ける先輩に、「何がそんなに珍しいんですか?」と尋ねる。 それを待っていたのか、嬉しそうな顔をして答えた。 「綾部が、上を見上げてるなんて」 (なんだ、そんなことか) 思ったよりも先輩が自分のことを知らないことに落胆し、けれど、それは自分も同じかと思いなおす。 自分も先輩があんな風に笑うって知らなかったのだし、と。 こんな時、思ったことがすぐに口に出る性格じゃなくて良かった、と感じる。 もし言っていたら、きっと先輩の気を悪くさせるだろう。 けれど、その言葉を言わないことで、この胸を包み込んだ淋しさが先輩に伝わらないことも、痛いほど分かっていた。 「そんなことないですよ」 「そう? いつも穴を掘って下を向いているような気がしたから」 「穴に入って掘り終わった後は、見上げますから」 「そうか」 するり、と先輩から笑みが剥がれ落ちたかと思うと、「俺も穴を掘ってみようかな」と突拍子もないことを言いだした。 理由を聞きたかったけれど言葉にするのが、なんとなく億劫で。 先輩へ問いかけの気持ちを含めて、見上げてみる。 「なんとなく、綾部の見ているものを見たくなった」 私の視線に気づいたのか、私の意図をくみ取って先輩は答えてくれた。 何気ない、さらり、とした言葉だけど、なんとなく引っかかって。 今度は思った事を口にする。 「先輩って独占欲が強いんですか?」 「綾部ほどじゃないけどね」 (たまには、思ったことを言葉にするのも悪くないかもしれない)
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