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四月一日のほんとう
「すきです」 何の脈絡もない、あまりにも唐突すぎる綾部の言葉に、俺は呆気に取られた。 「えーっと、田畑を耕すのに使う、鍬とか鋤とかのすき?」 「なんで、そうなるんです?」 今度は、綾部が不思議そうな顔をする番だった。 猫のような、少しつり上がり気味の眼が、きょとん、と俺を見つめている。 全くもって意味が分からない、と説明を乞うような表情に、俺は理由を挙げた。 「綾部、穴掘るのが好きだろう?」 「そうですけど、違いますよ。……あぁ、その好きです。好きか嫌いかのすき」 「好き? 穴が掘るのが?」 「違います。穴を掘るのも好きですけど、」 「けど?」 「穴を掘るのが好きなのとは、ちょっと違って……」 視線をあちらこちらに飛ばしながら考えを巡らしているようだった。 けれど、なかなか、ぴたりと当てはまるものがないのだろう。 もどかしそうに口を開きかけては、閉じるのを繰り返して。 「つまり、先輩が好きです」 と、俺の心臓を止めた。 「先輩?」 「……えっと、綾部が、俺を?」 「はい」 あまりにも綾部が真顔で俺を見ているものだから、ますます、思考が回らない。 綾部が言っていることは分かっているんだけど、意味に結びつかなくて。 どうやって返答すればいいのか、と困り果てて、 「えーっと、確認したいんだけど、綾部は俺のことが好き、ってこと?」 何度も聞き返す俺に、綾部は少し苛立ったように、語勢を強めて「そうです」と答えた。 頷きざまに、耳の後ろに掛っていた柔らかそうな髪が大きく波打った。 じっと俺に視線を注いで言葉を待っているのが分かる。 「……えーっと、綾部。俺、男なんだけど」 「知ってます。ちなみに、私も男ですよ」 「あぁ、けど、好き?」 「はい。先輩は、私のこと、嫌いですか?」 「嫌いじゃないよ」 「じゃぁ、何も問題ないじゃないですか」 ひとり完結してしまいそうな勢いの綾部に、冗談なのか本当なのか分からなくて、 「……あぁ、今日は冗談を言う日だっけ」 ふと、朝から妙に三郎が浮かれていたのを思い出した。 いつもは雷蔵で過ごすことが多いのに、俺やハチだけでなく、先輩や下級生、先生などに変装をしては色々な人を驚かせて喜んでいた。 あまりに地に足がついていないのを見かねた雷蔵が問い詰めると、南蛮では今日はどんなに嘘をついても怒られないんだとさ、と三郎が飄々と答えていた。 (まぁ、あとで、きっちり雷蔵に怒られてたからいいけど) 「なんです? それ」 「えっと、南蛮には、卯月の朔日は嘘や冗談を言ったりする風習があるって」 「私は南蛮の人じゃないですよ」 「うん」 「だから、冗談なんか言いません」 「うん」 きっぱりと口元に結ばれた強い意志に、いつもの茫洋としたのとは違う、俺を真っ直ぐ見つめる眼差し。 「先輩がすきです」 鷲掴みにされた心臓が、まるで壊れたかのように激しく脈打つのを、遠いところで感じていた。 (うそかほんとか、ほんとかうそか)
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