ほんの一口だけ含むと、白い喉が小さくのけぞらせた。
広がる味わいを楽しむように、一瞬伏せられた睫毛が、柔らかい影を落とす。
甘い充足の息を零しながら振り向いた仙蔵の、アーモンド型の黒目が俺を捉えた。



「で、私を酔わせてどうするつもりだ」

仙蔵の掌にあったグラスの中で崩れた氷が、カラリ、と細い音を立てた。



「どうって…」

(どう? ど、どう? え、どうって?)

突然の事に、思考が停止し、思わず押し黙ってしまった。
生まれた空隙を誤魔化すようにサイドテーブルに置いてあったウィスキーのボトルに手を伸ばす。
さっき入れたばかりで、まだ継ぎ足さなくても十分な自分のグラスを手繰り寄せると、つぅ、と動かした後に水の尾が引かれた。



(酔わしたんじゃなくて、勝手に酔ったんだろうが)

そう思いながらも、耳の辺りが、酷く熱情に浮かされているのが自分でも分かった。
顔が赤くなったのが分かったのだろう、仙蔵は、にまり、といやらしい笑みをこちらに向けている。
それが余計に癪に障って、無視をする代わりに、軽く閉まっていたボトルの蓋を無言のまま開ける。



「顔が赤いぞ。いやらしいことでも考えたか」

この上なく陽気な笑い声の仙蔵に取り合わず、ボトルに封じられていた液体を注ぐと、ぐるり、と琥珀色が息巻いた。 氷のせいで冷え切ったグラスの中のそれと、それよりかは温い原液とが混ざり、濃淡の影が焔のように燃え立つ。 零れないようにゆっくりとグラスを傾かせて円弧を描き、その影をくゆらせる。
揺らすたびに、芳醇な馨りが柔らかに漂った。
濃さがならされて影が消えた所で、そのまま一気に流しこむ。
氷が溶けきっていなかった所に足したせいだろう、高い度数のアルコールが臓腑を焼いていく。
喉をせめぐ熱い痛みに思わず目を瞑り、再び開けると、すぐ傍に仙蔵がいた。



「もんじろー、もう一杯」

いつの間に飲み干したのか、今度は乾いた氷の音がグラスにぶつかった。



「やめとけ。もう酔っ払ってるだろうが」
「よっぱらってない。もう一杯」

舌足らずの言葉は、酔っ払っていることを証明しているのだが、それすら本人は気づいていない。
グラスを俺に突き出すと、駄々っ子のように「のむ」と喚いて聞かない。
座った目が、じとり、と俺を睨みつける。



(あー。マジ、ここまで酒に弱いとはなぁ)

友人達と宅飲みやコンパなどの店飲みで仙蔵と飲んだことはあったが、さしで飲むのは初めてだった。
宅飲みで遠慮している様子から、あまり強くないのだろうと予想してはいたが、ここまで酒癖が悪いとは、普段の仙蔵からは想像がつかなかった。
俺の手元にあったボトルを奪おうと、必死に手足をばたつかせている仙蔵は、たちの悪い酔っ払い以外の何者でもない。



「もう一杯。くれないなら、こっから飲んでやる」
「アホ。原酒をボトルから飲む奴があるか」
「もんじろーのケチ。アホ。どS」
「どSなのはお前の方だろうが。この酔っ払いめ」

ボトルを掴んでいた仙蔵の勢いが、突然そげ落ちて、艶やかな吐息が俺の耳を撫で上げた。



「酔っ払わせたのはお前だろう」

恐ろしいほどに冷たい指先が、焦らすように、俺の頬をそっと触れる。
縁が赤くなった目は、まるで赤子のように潤んでいた。
酒のせいか蜜色に濡れた唇が、呼んだ。

「文次郎、」











(ぐらり、と瞼奥が揺れたのはアルコールのせいか、それとも、)