苦労人ですよね、 って話
土鍋で塞がった両手に、足の甲と太ももを使って、ドアを開けた。 途端に、暖かいというよりも暑い空気が、もわり、と俺の顔を襲ってくる。 部屋の隅に置かれたストーブを見やると、オレンジ色したデジタルの数字は23を示していて。 「誰だよ、こんな温度に設定したの」 換気のマークまで点灯しているそれに、消してしまおうと近づいて、手が空いてないことに気づく。 (これを足で消して、こぼれたらなぁ) とろり、と傾いた土鍋の中身に思案して見回すと、こたつから、モフモフとした淡い茶色の髪が出ているのが分かった。 「三郎、起きろ、飯だぞ」 土鍋を持ったまま、足の爪先でその辺りをつつくと、「うぐぅぅ」と冬越しの動物のような呻き声が上がった。 ごそごそ、と少しだけこたつ布団が動くのを見て、目覚めを待つことにする。 けれど、また、冬眠に戻ってしまったようで。 「起きろよ、こたつ男」 今度はさっきよりも強く、踏みつけるように足で起こすと、三郎は「何、そのセンスのないネーミング」と布団から顔だけ出した。 「起きないと、鍋の中身、頭からかけるぞ」 「それは無理」 「じゃぁ、さっさと起きろよな。で、鍋敷き取ってきて」 「えー」 「えーって、ちょっとは働けよ」 「無理。寒い、眠い、お腹すいた、遭難する」 「遭難しねぇって」 押し問答をしていると、背後から「まだ三郎は寝てるの?」と雷蔵の声が届く。 振り返ると、俺が肯定の頷きを見せるよりも先に、足もとに広がる光景で理解したらしく。 スライムみたいに、でろん、と伸びきってる三郎を見て、「はぁ、」と大きなため息を一つ零した。 「三郎、早く起きないと、ご飯なくなるよ」 それは、駄々をこねた稚児をあやすような口調で、けれど、有無を言わせない強さがあった。 三郎も、これ以上無理だと思ったのだろう、のそり、と上体を起こした。 それを見遣ると、雷蔵は机に鍋敷きを引いた。 「はい、ハチ」 「サンキュ。器は?」 「あ、兵助が持ってくると思う」 「ハチ、これで足りる?」 そっと土鍋を下ろしていると、小さめの丼を4つ右手に重ね、左手に箸を携えた兵助が入ってきた。 「あー、うん、いいんじゃね」 答えながら蓋を外すと、ほわりと蒸気が膨れ上がった。 白い湯気の中に含まれる、みずみずしい匂いが部屋に広がっていく。 それまで、座っていたものの寝ぼけ眼だった三郎にも、スイッチが入ったようで。 「ハチ、今日のご飯、何?」 「七草粥」 「あー今日、7日か」 まだ日に焼けていない壁のカレンダーを見遣って、三郎が呟いた。 「そう。だから、七草粥」 「7日に食べるから、七?」 「七つの草じゃねぇの? セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、仏ノ座、スズナ、スズシロ」 雷蔵の問いに、今日の食事当番として七種類の青菜を刻んだ俺はそう答えた。 その横で玉じゃくしを手にした兵助が、手際よく丼に粥をよそっていく。 とろり、とした光沢のある白に、青菜の鮮やかな緑が映える。 「あ、そうか。でも、7日に食べるよね」 「なんか、元々、中国から伝わったらしいけどね。 1月7日は、人日の節句って言って、 その日に七草を食べると、一年中病気にならず、寿命が延びるらしい」 手を止めることなく説明する兵助に、「へぇ、そうなの?」と雷蔵が感嘆を漏らした。 その横で、「ふーん。これを食べると、長生きするのか」と三郎が呟く。 兵助が4つ目の丼に手を伸ばそうとして、 「あ、兵助、三郎にはあげなくていいよ」 俺は、器をもぎ取った。 「ハチ?」 「これ以上、三郎を長生きさせてたまるかよ」 「はぁ? 長生きするかどうか、分かんないだろ」 俺の言葉に困惑する三郎に、頭の中を過ったことわざを告げる。 「憎まれっ子、世にはばかるって言うだろ」 「……佳人薄命の間違いじゃないのか」 「「「ない、ない」」」 (「早死にするのは、絶対、苦労症の俺だから」「線香ぐらいはあげてやるよ」)
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