お礼は三倍返し!?




いつもなら、まっさきに弁当を取り出すしんべヱは、午前中の授業のチャイムが鳴っても動こうとしなかった。
のろのろと倍以上の時間をかけて弁当のふたをあけたけれど、それに手をつけようとする気配がなくて。
さすがに心配になって、思わずきり丸と顔を見合わせ、しんべヱに問いかける。



「しんべヱ、どうしたの? ため息なんかついて」
「あのねぇ。土曜日、ホワイトディだったでしょ」
「あぁ、」

しんべヱの言葉に、ふ、とロッカーに入れたままの紙袋の存在を思い出す。
結局、バレンタインの前日にチョコレートを貰ったことが母ちゃんバレて。
(大きく”義理”と書かれていても、チョコレートはチョコレートらしい)
そこには、今年は14日は学校が休みだったから、「今日返しなさい」と母ちゃんに持たされたクッキーが入っている。
けれど、タイミングがつかめず、渡せないまま一日の半分が終わろうとしていた。
(どうして、女の子って固まるんだろうね。ずっと、こっちを見てはクスクス笑っている気がするし)
教室中に、クッキーの匂いが漂っているんじゃないか、って錯覚するぐらい、気が重い。



「そういや、そうだったな。で?」

おにぎりに齧り付いていたきり丸が、手に付いた米粒を取りながら話を進める。



「バレンタインに貰ったから、お返しに何がいいか聞いたの」
「うん。それで?」
「すっごく高額なものをねだられたとか?」

自分が言われたわけでもないのに、その事を想像したのか、きり丸の顔が青ざめた。
「三倍返しってやつか。女って怖ぇぇ」と、きり丸はうわ言のように呟く。
それを見たしんべヱは、慌てて首を否定するように振った。



「ううん。それが、『おしげの欲しいものをあててくださいね』って」
「おしげちゃんの欲しいもの?」
「何か分かったのか?」
「それが分ったら、ため息なんて吐かないよぉ。
 …で、土曜日に、分からないって言ったら、おしげちゃん、すっごく怒っちゃった」

しんべヱは大きく溜息を零すと、人の三倍はあろうかという弁当箱のふたを、そのまま閉めてしまった。





「で、私達のところに来たわけ?」
「そう。ユキちゃん達なら、おしげちゃんの欲しいものが分かるかなっと思って」

わたしがそう言うと、「ふーん」と考えるように呟いたユキちゃんは意味ありげな視線をトモミちゃんに投げた。
顔を見合わせた二人は、「教えてあげてもいいけど」とチェシャー猫のように、にたり、と笑って。
それから、ずい、と手をわたし達の方に差し出した。



「その前に、バレンタインのお返しは?」
「ちっ覚えてたか」

舌打ちをしたきり丸に、トモミちゃんが食いつく。



「覚えてたかじゃないでしょ、きり丸。こっちは、手作りをあげたんだから」
「あれは、押しつけたって言うんだろうが」
「でも、きり丸、トモミちゃんから受け取ってたじゃない。
 嫌なら、何がなんでも受け取らなきゃいいのよ。ところで、乱太郎、チョコ、おいしかった?」

不意に話を振られて、思わず、頭をよぎった疑問をそのまま口にする。



「あれ、ユキちゃんの手作りだったの?」
「そう。文句ある?」
「そうじゃなくて、すごくおいしかったから、お店のかと思ってた」
「……バカねぇ。お店のチョコに、あんなでかでかと”義理”って書いてあるわけないじゃない」
「あ、そうか。ありがとう、おいしかった」

わたしとユキちゃんの会話を聞いていた、トモミちゃんは「まぁ、一番の所はそれよね」と苦笑しながら言った。



「何が?」
「おしげちゃんが欲しかったのは」
「だから、何なんだよ」
「乱太郎の言葉がヒント」

トモミちゃんは指をわたしに突き刺してきて、思わず、わたしも自分の指を自分に向けてみるけれど、ちっとも、さっぱり分からない。



「わたしの?」
「そう。ものじゃない、ってこと」
「あとは、自分で考えなきゃ、ね」





「で、結局、分かったの?」
「分らなかったからね、すっごくすっごく謝って教えてもらった」

首を振ったしんべヱに、焦れたきり丸が「何だったんだ?」と重ねて問う。



「『すっごくおいしいね。ありがとう』」
「って、しんべヱ言わなかったの?」
「ううん。もらった場で食べたから、おいしいって言ったよ」

意味の繋がらない話に、「じゃぁ、何で?」と先を促すと、しんべヱは、「うん」と頷いて。



「おしげちゃん曰く、『しんべヱ様は、食べ物は何でもおいしいって言うでしょ。
 だから、本当においしかったのか分からないのが嫌だったんでしゅ』って。
 それで、ちゃんと「とってもとってもおいしかったよ。ありがとう」って伝えたら、許してくれた」

呆気に取られているわたし達に、「心配してくれて、ありがとう」としんべヱは幸せそうに笑った。
それから、「これも、おしげちゃんの。家庭科で作ったんだって」と、持っていたカップケーキを差し出した。
手作りという言葉に、わたし達が食べてもいいのだろうか、と心配になる。
(また、ケンカにならなきゃいいけど)



「いいの?」
「うん。というか、二人に、って。
 おしげちゃん、ユキちゃん達から聞いたみたい。
 ぼくたちのことを、乱太郎やきり丸が心配してくれたこと」

その言葉に安心して、カップケーキに手を伸ばす。
ふっくらと甘い匂いが手にしみつく。
と、きり丸が零した。



「女って分かんねぇな」











(すっかりと軽くなった紙袋と心に、きり丸の言葉に心から「そうだね」と同意した。)