めぐりめぐる




春になればさぞかし見事な桜のトンネルとなるのだろう。
延々と続くソメイヨシノは、寒そうな空に黒々とした枝を伸ばしていた。
固そうに閉じられている蕾を眺めている、自分とそっくりな、けど違う制服を着ている人物に声をかけた。



「雷蔵」
「あ、三郎。どうだった?」

振りかえった雷蔵の表情から、『この春から一緒にこの道を歩くんだな』と確信する。



「よゆーよゆー」
「すごいなぁ、三郎は。
 僕、英語の選択問題で迷っちゃって。ちょっと、心配」

いつもの悪い癖がでちゃった、っと雷蔵は照れるように頭をかいた。
俺に先を譲るようにして、二人、まだ葉のつかない桜並木を歩き出す。
ふ、と帰り際のことを思い出して、雷蔵をからかってやろうと



「大丈夫だろ。あの消しゴムを持ってればさ」

と、口にしたとたん、雷蔵がバツの悪そうに、その場で立ち止まった。
お互いに合格祈願をして交換した消しゴムのことを思い出したのだろう。
言おうか言わまいか、長い睫毛に縁どられた目が、葛藤をするように、ぐるりとに動く。



「どうした?」

と、問いかけると、ますます、痛むように表情を籠らせた。
最初は、彼の悩みが手に取るように分かって、少し面白かった。
けれど、言い掛けて、止めて、を何度か繰り返す雷蔵の肩があまりに重そうで。



「竹谷って奴に半分やったんだろ。結構、面白そうなやつだな」

こっちから投げかけると、その場で凝り固まっていた雷蔵はゆるりと解けて、離れてしまった俺に小走りで近づいてきた。



「会ったの?」
「帰りに、雷蔵と間違えて、声掛けてきた」
「わざわざ返しに来てくれたんだ」
「かなり息上がってたから、走って来たって感じだな」
「そっか、悪かったな」
「ま、春にまた会えるさ」
「三郎の勘は当たるからね。じゃぁ、四月になったら一緒にこの桜並木を歩くわけだ」

感慨深げに桜を見上げる雷蔵には、まだ来ぬ春が見えているようだった。



(そういや、ソメイヨシノってクローンなんだよな)

どれも同じような模様の木肌に、ふ、と理科の先生が授業の中で雑談として話していたことを思い出した。
普段はほとんど真面目に聞いてないけれど、その話題は興味深くて印象に残ってる。
子孫を残す能力がないから接ぎ木をして個体を増やす。
一本の木から生まれて全て同じ遺伝子だ、と。



竹谷は気づいただろうか。
帰りに話をしたのは雷蔵ではなく俺だと。
気付いたとしたら、俺と雷蔵はどのように映ったのか。

なんとなく聞いてみたくて、今から春の再会が待ち遠しい。



「あ、今日、うちに寄ってくだろ」

思い出したように言った雷蔵の言葉は、問いかけというよりも決定事項のニュアンスに近いもので。
断ろうとしたら、「受験で忙しいってのは、今日からは使えないよ」と茶目っ気のある笑顔を俺に向けた。
先回りされて、しぶしぶ「いくさ」と答えると雷蔵は小さく笑って。
それから、「いっそのこと僕の家に住めばいいのに」と決して叶わぬことを口にした。



「そういやさ、雷蔵」
「ん?」
「伯母さん、俺達が同じ高校受けるって知ってるのか?」
「うん。母さんに話したからね」
「何て?」
「『きっと、頭のいい三郎くんのことだから、新入生代表じゃないかしら。そしたら、鼻が高いわ』って」
「……伯母さんらしい」

おおらかな笑顔でいつも出迎えてくれる伯母に感謝と、それから罪悪の念を覚えて。
不意に足が地面に絡め取られてしまったかのように、動かなくなった。
そんな俺に気づいたのだろう、雷蔵が柔らかく俺の名を呼ぶ。



「三郎」
「ん?」
「僕ね、いつも思うんだ。もっと早くに三郎と出会えていたらってね。
 そしたら、一緒に遊んだりしてさ、たくさん思い出ができたんじゃないかって」
「……あぁ」
「けど、時間を戻すことはできないからさ。
 これから、たくさん作っていきたいなって思ってる。これからも、よろしくね」










(春も、夏も、秋も、冬も。これからの季節を、君と)