とある授業後の会話




「んー」

静寂にチャイムが割り込んで、あっという間にざわめきが拡散する。
その騒々しさに、やっと授業が終わったかと欠伸をかみしめながら、顔を上げた。
渋い顔の先生の視線を避けつつ、日直の号令と共に、とりあえず腰だけ椅子から浮かして、挨拶をする。



「みみず以下、だな」

すとん、と腰を落とすと、隣の席の兵太夫が、あきれた眼差しをノートに投げかけた。
その言葉に、ぱっと、とノートを見ると脱力した線が、いくつもいくつも交差して。
書いた俺ですら、はっきり言って、何を書いているのか、さっぱりだった。

(またテスト前にノート借りなきゃなぁ。前のお礼もしてねぇのに。あ、今月、小遣いピンチだったんだ)

予定外の出費に頭を勘定させていると、兵太夫が嫌味な溜息を一つ。



「団蔵も、どうせ寝るんなら、もうちょっと要領よく寝ればいいのに」
「要領よくって、何だよ」
「明後日、ノート提出だってさ」
「げっ」
「ま、がんばれ」

「うるせぇ」と答えながら、破れかぶれにノートを片づけようとする。
けど、兵太夫は、俺の体の隙間からノートを奪うと、前の方に投げようとして、振りかぶった。
振りだとわかっていても、その言いぶりやら、なんやらと、積もり積もっていたものが爆発して。



「おーいぃ、ふざけるなよ」

あまりの大声に、俺の前の席に座っていた三治郎が振り返った。

「兵ちゃん、返してあげなよ」
「三ちゃんに言われたらしょうがない。どーぞ」
「何だよ、それ。お前なぁ」
「は、返してほしくなかったの?」
「そうじゃなくて」
「もう、二人とも、いいかげんにしなよ」

静かだけれど、断固たる三治郎の口調に、出かかった罵声を飲み込む。
それは兵太夫も同じだったようで、ぴたり、と噤んだ口元が微かにひきつっていた。
口論になりかけた俺達を止めた三治郎は満足げに微笑むと、それから、まじまじと俺の顔を見た。



「団蔵、ずっと寝てたでしょ」
「何で三治郎が知ってるわけ?」

前の席に座っている三治郎に気がつかれるくらい、でかい鼾でもしてたのか、と一瞬焦る。

「何でって、よだれの跡があるよ」

三治郎が彼の頬を指し示した場所に、慌てて俺も手をやって擦る。
と、兵太夫が、ニヤニヤと笑みを浮かべて俺を見ていて。
その表情を不審に思い、俺は問い返した。



「マジで?」
「嘘」
「三治郎」

脱力した俺を無視するように、三治郎がポンと手を打った。



「あ、そうだ! 今日、暇?」
「暇」
「面白いDVD、借りたんだけど、一緒に見ない?」
「いいね」
「もちろん、団蔵も見に来るよね」
「さっきの話、聞いてたか? 明後日ノート提出って」
「明日頑張ればいいんじゃない」

決定事項、と笑顔で言われてしまい、後に引き下がれなくなった感が増して、仕方なく尋ねる。



「三治郎、ちなみにどんな話?」
「んーとね、」

内容を言おうとした三治郎の口を兵太夫が「言っちゃダメだって」と塞ぐ。
モゴモゴと押さえられた三治郎は抗議をあげて、腕を振り回す。
ようやく手が外れた顔は、苦しさのせいか赤くなっていた。



「えーなんで、言っちゃダメなの?」
「言ったら団蔵、絶対来ないから」
「そう?」

首を傾げている三治郎と、楽しそうな笑みの兵太夫に嫌な予感が走る。



「三治郎、血がドバっとか、内臓グチャっとかじゃねぇだろうな」
「えー、それは兵ちゃんのだよ。僕、あんまり、そういうの借りないから」
「ならいいけど。前、兵と一緒に見て、マジ胸糞悪くなったし。趣味悪ぃ」
「悪かったな。つーか、団蔵の方が趣味悪いだろうが」
「そうなの?」
「あぁ、この前も、こいつさぁ、号泣したんだぜ」

映画のタイトルを声高に叫ぶ兵太夫に、慌ててヘッドロックをかますも遅く。
ざわ、っと教室中の空気が、引き潮のように俺から遠ざかっていく。
ひそやかな視線に、思わず、心の中で毒づいた。











(ラブロマンスが好きで、何が悪いんだよ)