いざ、宣戦布告       (たった今から全面戦争!)




沸かした湯を急須に注ぐと、真新しい茶葉の匂いが、ほんわかと広がった。
その穏やかな香りを楽しみながら、湯呑の方に淹れなおしていると、重たい足音が廊下を軋ませた。
その響きから体重の貫目と相手を推測し、僕は棚に置いてあった”団”と書かれた湯呑にも、温かなお茶を淹れる。
と、同時に障子扉が、遠慮がちに開いた。



「庄左ヱ門、ちょっといいか?」
「うん」
「あのさ、頼みがあるんだけど」

団蔵にしては珍しく、少し躊躇った言い様に、彼が来た理由をすぐに悟った。



「まぁ、座って。ちょうど、お茶を淹れたところだし」
「悪いな」
「で、用って、予算のこと?」

僕がそう言うと、団蔵は「あぁ」とため息にもにた返事を返してきた。
さっきまで帳簿を付けていたのか、頬を墨をつけた彼は酷く疲れきっていて。
どんより、と居座る目の下の隈は、刻み込まれたかのように深い影を落としていた。

(きっと、徹夜が続いてるんだろうなぁ)



「いいよ。うちの所の分、減らしてもらっても」

あんまりにも酷い状態に、団蔵が言ってくるであろうことを先回りして言う。
途端に、火を灯した蝋燭のように、ぱっと、彼の表情が輝いた。
うっ血した時のようだった顔色に、赤味が差していく。



「え、いいのか?」
「正直、僕たちの委員会はお茶菓子代だからね。
 なんとか、頑張って学園長を丸めこんでみるけど」
「恩に着るよ」
「けどさ、学級委員会の予算を削るのだけで、なんとかなるのかい?」
「……それは、聞かないでくれ。で、頼みなんだけどよ」
「それが頼みじゃないの?」
「や、それも、あるんだけど」

そこまで言うと、ふ、と団蔵の言葉が途切れた。
何だろう、と思いつつ、その先に紡がれるのを待っていると、団蔵は、くしゃり、と顔を歪めた。
次の瞬間、



「へっくしゅん!」

盛大なくしゃみが、僕に降りかかった。

「団蔵、風邪か?」
「どーだろ? あー、鼻がむずむずする」
「もうすぐ、予算会議なのに大丈夫か?」
「あぁ。喉とか痛いわけじゃねぇしな。誰かが噂してんのかも」
「なるほど。兵太夫か三治郎のからくりコンビか、はたまた、」

同級生の名を、指折り上げて数えていく僕に、げっそりとした声で団蔵が「もういい」と止めた。
僕は、完全に曲がった片手と、半分曲がったもう片手の指を元のように伸ばして。
老人のように丸まった団蔵の背中を、軽く叩いてやる。



「潮江先輩が、」
「え?」
「潮江先輩が学園長になりたいってのが分かる気がする」

唐突に、懐かしい先輩の名前が、団蔵の口から飛び出た。
その意図も分からないまま、さらに意味不明な言葉が彼から続いて。
思わず、寝不足で、どこかおかしくなってしまったのではないか、と危惧する。



「昔、潮江先輩が、予算をもぎ取るために学園長になる、って言ってて。
 正直さ、『何、言ってるんだろう』って思ってたけど、今になって分かる気がする」

愁いの含む眼差しは、どこか遠い所を見つめていた。
思わず、「団蔵」と声をかけると、彼は僕の方に向きなおった。
それから、少し困ったように眉を下げて、笑った。



「俺だって、分かってるんだぜ。みんなが少ない予算で頑張ってること。
 伊助は火薬が少しでも少なくなるように、配合を工夫してるし。
 虎若や三治郎らは野菜くずを集めて餌にしているし。
 きり丸は本の修繕、乱太郎は薬草園で自家栽培。
 金吾は物が完全に壊れる前に直すために見回りをしてる。
 喜三太はしんべヱの家から格安で備品を購入するように掛け合ってるし」
「兵太夫は?」
「…あいつは、あいつで、使った罠を回収して、次の罠を作ってるみたいだし」
「なるほど、ね」
「だからさ、俺だって、どうにかできるんなら、どうにかしてやりたいんだよな」

ぽつり、と落ちた声の小ささが、彼の切実さを物語っているようだった。
何と言葉を掛ければいいのか、と迷っていると、団蔵が続きを切りだした。



「けどさ、俺じゃどうにもできないんだよなぁ。
 確かに、分配してるのは俺たち会計委員会だけどさぁ、
 予算は学園長が思いつきで決めてるからさ、俺に言っても、どーにもならないんだって」

続けて「なのに、」と言うと、転がり出した石のように、どんどんと団蔵の言葉が加速していく。
せき止められていたものが溢れ出した勢いは、とても止めれるものじゃなく。
相槌を打つことすら許されないほど、速かった。



「伊助は洗濯物を二度と洗わないって言ってくるし、
 虎若は火器に訴えるし、三治郎は毒虫を投げつけてくるし、
 きり丸は帳簿の計算を手伝わないって言って、乱太郎は便所紙を投げつけてくるし
 金吾は刀を振り回すし、喜三太としんべヱはしめりけだし、兵太夫はからくりを仕掛けてくるし」

そこまで言うと、団蔵は肩で大きく息をした。
さぞかし口が渇いただろう、と「団蔵も、大変だな」と湯呑を差し出す。
すると、団蔵は温くなっていたのも構わず、呷るようにして一気に飲み干した。



「だからさ、庄左ヱ門が言ってくれないかなと思って」
「何を?」
「会計委員はお金の分配をしてるだけで、学園長が予算を握ってるとか」
「いいけど。でもさ、皆も分かってると思うよ。団蔵に言っても、しょうがないこと」
「だったら、何で……」
「そりゃ、落乱のお約束だからさ。
 ……ってのは冗談で。まぁ、6年だし、委員長だからね面子があるんじゃない?」

とん、と音を立てて床に湯呑を置くと、団蔵は立ち上がった。



「どこ行くの?」
「会計室。何とかできるよう、もうひと頑張りしてくる」
「そっか。頑張って」












(「おぅ。茶、ありがとな」)








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