「暗い、な」

間に読書でもしようかと思って持って来た本を鞄から取り出そうとして、思わず独り言を呟く。
ブラインドの閉じられた窓からは、わずかに日の光が差し込んできて。
店の奥は、ぽっかり、と薄闇に閉ざされていた。

なんとなく、美容室は明るくて洗練されたイメージがあるせいか、落ち着かない。

(まぁ、あまり洒落た美容室も苦手だけど)



「今日は休みの日だから、おおっぴらにブラインドも開けれないし、
 電気も電気代があるから、あんまり付けられないんだ。ごめんね」

フロア別になっているのだろう、俺が座っている台の周囲の電気だけを付けた斉藤は、
へにゃり、とした笑みを浮かべながら謝った。
「別にいいけど」と答え、斉藤と会話するのと、暗いなか本を読むのを天秤にかけて。
目への負担を考え、本を読むのは諦めることにする。



(何の会話をすればいいのだろう)

もともと、初対面の人とすぐに打ち解けるタイプでない自分は、行きつけの店、というのが好きだった。
そこでは会話せずに本を読む人、と認識されているし、「いつもの髪型で」で済んでしまう。
こうやって、改めて「どんな髪型にしたい?」と聞かれるのも久しぶりで。

その煩わしさに、カットモデルを引き受けたことを後悔し始めていた。

(いくら三郎の友人だからって、なぁ)



三郎達と遊んでいた時に、偶然出会ったのが、三郎の友人の斉藤という男だった。
人懐っこそうな性格の彼は、まるで昔からそこにいたみたいに俺達の間に入ってきた。
俺の髪を見て目を輝かせた彼を、三郎は「こいつは美容師のたまごなんだ」と俺たちに紹介した。

で、とんとん拍子に、カットモデルの話が決まった(三郎が面白がったのが一因だ)。
ちょうど髪が伸びていたので、そろそろ散髪に行こうと思っていた所だったし、
練習だから無料で、と言われ、つい、引きうけたのだけれど。



(ただ、こいつは、苦手だ)

それは、派手な風貌かもしれないし。
ずかずかと俺達の間に入ってきたことかもしれないし。
何を言っても、へらへらと笑っている、その明け透けのなさかもしれないし、全部かもしれない。



------こいつのこと、よく知らないけど、なんとなく苦手だと思った。









「綺麗な髪だね」
「男に綺麗って言うなよ」
「えー、本当に思ったことだもん。でも、いいの? 自由にしちゃって」

本がないと、どこを見ればいいのか困って、なんとなく鏡を見つめる。
俺の髪を取りながら、へらり、と笑いながら聞いてきた斉藤に、何となく苛立ちを覚えて。
鏡の中の斉藤に対して、「あぁ。別にこだわりとかないから」と、ぶっきらぼうに答えた。






「わかった」

す、っと斉藤の表情が変わったのが、分かった。
へらり、としていた頬が引き締まって。
見たことのない、真剣な眼差し。

(え、)










(鏡をよぎる鋏を握る彼の手は、皸やら皹が無数もあって、酷く痛々しく、そして誇り高く見えた。)