事件は現場で起こってるんじゃねぇ、お前らが引き起こしてんだ!


「…いや、引き起こしてんの、一部だけですって」





刑事パロ。ほんのりカプ要素もありかもしれないが基本、馬鹿騒ぎ。掌篇ログ中心に更新中。

10分前の攻防 はちや と たちばな
コーヒー一杯100円です たけや と しおえ
猛獣遣いの憂鬱 なかざいけ と ななまつ
まぁ、上司が上司ですから くくち と ふわ








































パソコンの電源が落ちる音を確認して、腕時計に視線を送る。秒針が真上を素通りしていくとこだった。ジャスト10分前。机に置きっぱなしだったマグカップを手にすると、どろりとした黒色の水面に落ちる天井の蛍光灯が鈍く光った。在庫処分とばかりに、すっかり冷めたコーヒーを口に含む。匂いのとんでしまったコーヒーの残滓は酸っぱさしかない。と、部屋を仕切るパーティションの向こうから凄い音が部屋を割った。同時に突風が吹き込む。ノックもなしにこの部屋に入ってくるのは一人しかいない。

(あ、嫌な予感)

「鉢屋はいるか?」

確認というよりも、断定に違い響きで。どうせこの人のことだ、在室なことを確めて来ているに違いないのだが。無言で抵抗の意を示している自分をはなから無視して、立花サンはずかずかと近づいてきた。

「いるなら返事ぐらいしたらどうだ?」
「いるって分かってるんだからいいでしょうが」

愚痴めいた言葉に立花サンは「そうだな」と小さく笑うと、帰宅前にせっかく綺麗にした(ちなみに水拭きも済んでる)デスクに書類のを投げ出した。

「鉢屋、三時間な」

眼前に積み上がった紙束の分厚さに、「はぃぃ?」と思わずすっとんきょうな声をあげた。が、彼は意に介しないようで、眉一つ動かさずさらりと「これの分析な」と更に書類を重ねた。明朝体で書かれた表題に、頭が痛くなる。最近、我々の話題をかっさらっている難事件だった。

「無茶言わないでくださいよ」
「何なら二時間でも構わないさ」
「この後、雷蔵と待ち合わせしてるんですけど、」
「不破なら、別件を頼んである」
「…あいかわらず用意周到な人ですね」

嫌みを込めて言うと、立花サンは、「そうか?」と嬉しそうに口の端を引き上げた。けど、その目に浮かぶ光は研ぎ澄まされて鋭い。立花サンの本気に気圧されつつ、最後の抵抗を試みる。

「でも、これって確か物証がないってやつですよね?」

案に立件の難しさを匂わせると、立花サンは、ふん、と鼻を鳴らして、「物証は何としてでも、あいつが足で集めてくるだろう。三時間以内、って言ってたからな」と呟いた。

(それで三時間、ね)

「ずいぶん、信頼してるんですね、潮江サンのこと」
「私が、あいつのこと?」
「ええ」

そう頷くと、立花サンは苦虫を噛み潰したような顔をした。




































休憩所は誰もいなかった。ウィィーンと自販機のモーターだけが、忙しそうに唸っている。プラスチックに似た素材の椅子の背もたれに持っていた上着を掛ける。そこまでして、小銭入れを置いてきたことに気がついた。舌打ちをしながらも、試しに尻ポケットを漁ると指先がカーブを撫でた。掴み上げると、鈍色の硬貨。

(おっ、ラッキー)

投入口に突っ込むと、ぶつからながら勢いよく落っこちていく音がした。ピッ、と赤い光がボタンに灯る。勝手知ったる指は、自然とホットコーヒーを選んでいた。もちろん、ミルクや砂糖は入れない。決定ボタンを押すと、コトン、と下の方から音がした。紙コップが置かれたってか、落とされたんだろう。と同時に、液晶画面に変なキャラクターが現れた。紙コップを模したそれは、できあがりまでを教えてくれる。

(あー明日は久々の非番だー)

ぐぅっ、と両手を上げて伸びをしながら、明日の予定を考える。せっかくの休日だが、残念ながら同職の恋人とはすれ違いだった。せめて、今晩は電話できればなぁ、と妄想する。ピッピッ、と画面のコップに赤い光が三分の一だけ満ちた。

(明日は洗濯と掃除とー)

所轄では、今、厄介な事件を抱えていた。事件当初は被疑者もすぐに上がり、さっと解決するだろうと見ていた。だが、犯人と目される奴は黙秘、物証もなし、目撃者もなし。進展を見せず、いわゆるどん詰まり状態だった。

(まぁ、だから休めるんだろうけど)

目の前で次の三分の一が灯ったのをぼんやり眺めていると、「竹谷っ」と怒号が耳をつんざいた。

(げっ、潮江先輩)

「竹谷、いくぞ」
「はぁ?」

思わず、どこへ、と尋ねると「ばかたれぃ」と叱責が飛んだ。

「んなもん、現場に決まってるだろうが」

そんなの分かるわけないじゃないですか、と先輩の理不尽さに内心、文句を垂れつつ、これ以上事を荒立てないよう「はぁ」と頷く。だが、その生返事が気に食わなかったらしく、ジロリ、と鋭い眼光で睨まれた。その迫力に気圧されて黙り込むと、それを了承と受け取ったらしく、先輩はさっさと歩き出した。

「ちょ、待ってくださいよ」

慌てて椅子に引っ掛けてあった上着を掴み、先輩を追いかける。背後から、ピッピッピッ、とコーヒーの出来上がりを知らせる音が響いた。あぁ、俺の100円。

「だって、物証がないからって」

ずんずんと、先を行く背中にようやく追いついて、そう話しかけると、ピタリ、と先輩の足が止まった。

「立花が何か掴んだらしい。今、鉢屋のとこに分析かけるって」

苦々しげな顔で唸るように言葉を絞り出した先輩に、なるほど、と心の中で呟く。最近、上に配属された立花さんと先輩とは、どうもうまが合わないらしい。曰く、理屈ばっかのエリートは、らしい。

(俺から言わせたら、どっちもどっちなんだけどなぁ)

そんなこと、口が裂けても言えねぇけど。

「ほら、ぐずぐずすんな、いくぞ」

バシッ、と大きな音と共に背中に痛みが響いた。




































「ちょーじ、暇。暇。ひーまー」

隣にいるこの男は、さっきから、その言葉を繰り返していた。それしか言わない様子は、まるで駄々っ子のようだった。さっきから、というか、いつもと言った方が正しいだろうか。小平太と組んでから、この言葉をきかない日などあったろうか。

(いや、ない)

心の中で否定しながら、ちらりと視線を送る。隣にいる奴はシートに背中を預けながら、張り込みにはあんパンだ、と、どこから仕入れてきたのか分からないネタを遂行していた。まるで冬眠前のりすかなんかのように、頬に目一杯詰め込んでいる。もぎゅもぎゅ、と音が聞こえてきそうだった。

「ふぁむだ、ちょーじもふぉしーのか?」

じっと呆れた視線をどこでどう取り違えたのか分からないが、小平太はくたびれたビニール袋を俺の方に寄越した。6個入りのそれは残り2つで。いくら小型のあんパンだったとはいえ、さっき開けたばっかりだというのに。ブラックホールのような奴の胃袋に感動すら覚えた。とりあえず、一つもらうことにして、袋から取り出す。頬張ると、控えめな甘さが、口の中に広がった。

「全然、動きがなくて、つまんないしー。あー、ひーまー」

親指を舐めながら再び吠えだした小平太をとりあえず放置しておいて、現状に機微でも変化がないかを確かめる。狭い車内に大の男が二人。いい加減、凝り固まってきた首筋をもみほぐす。目は、ターゲットの家に向けたまま。緊張がずっ途切れぬままここまで来て、かなり疲れきっている。こうした瞬間に、ふ、と気が抜けてしまうのだ。一番危険な時間帯に差し掛かっているのはよく分かっていた。

「むほっ!」

隣から変な声が上がった。最後の1つを飲み下した小平太がサイドミラーを覗きこんでいた。その、きつく睨んでいる眼の光は、獲物を見つけた獣のようだった。嬉しさが滲み出ているのは気のせいじゃないだろう。ようやく、動ける、と。不自然にならないよう、顔は動かさずに「どうした?」と問いかけると「あいつ、怪しい」と、小平太はターゲットの家とは全然違う方向に顎をしゃくっていた。

(小平太の勘は、あなどれないからな)

こういう時の奴の直感に、自分は、絶対的な信頼を置いていた。





































「あれ、雷蔵、今帰り?」

警邏中の仲間に目礼をし署内に入ると妙に混雑していた。ちょうど、交代の時間だったらしい。これから帰宅する連中らは、どことなく疲れきっていて、それでいて緊張が解れた安堵の面持ちだった。そんな中によく知った奴を見かけ、通り過ぎざまに声をかけた。

「うん。兵助は?」
「俺は着替えを取りに帰ったところ」
「そっか。お疲れ様」
「そういや、三郎は?」

昼時に「久しぶりに休みが重なったから一緒に帰れる」と嬉々として三郎が言っていたのを思い出して尋ねると、雷蔵は額に皺を寄せつつ、ふにゃりと笑った。困った時の、雷蔵の癖。「立花先輩に捕まったみたい」と諦観したような表情で答えた。

「立花先輩に?」
「例の事件に進展があったみたい」
「例の、ってあれ?」

署内を賑わせている事件は、当初は簡単にホシへと辿り着けて口を割らせることができると思っていたのだが、蓋をあけてみれば色々と問題があり、こう着状態だった。

「うん。帰ろうと準備してたら顔出してさ、『鉢屋、借りるぞ』って。ってか、なんで僕に聞くかな」

保護者でもなんでもないのに、と呟く雷蔵に、心の中では『そりゃ……』と思いつつ、そんなこと口にしようものなら「そんなことないって」と怒って全否定するのが目に見えるから、別のことを話しかける。

「進展って、三郎が連れてかれたって事は証拠が出たってことか?」
「んー、どうだろう? そこまで聞いてないけど」

そんな事を話しつつ、自然と目は自動ドアから流入してくる人に向けられていた。職業病と言うべきか、ついつい、不審者はいないか探してしまう。管内では有数の大きな署のせいか、この時間になっても一般らしき人物も多い。ふ、と母親の手にひかれた子どもと目が合った。最大限筋肉を動かし、笑おうとする。だが、その子どもは、す、っとすぐに傍らの母親の影に隠れてしまった。どうやら、自分は目力がありすぎるらしく、普通にしていても、睨んでいると勘違いされることがある。凶悪犯と渡り合うにはいいのだが、迷子で保護された子どもに泣かれることもしばしばあった。

(あー、やっぱ子どもは、どうも苦手だ。そういう点、ハチは懐かれるよなぁ)

そんなことをぼんやり思っていると、俺とは反対方向の署内に体を向けていた雷蔵が「あ」と声を上げた。

「え?」
「潮江さんだ」
「潮江さん?」

振り向くと、すごい形相の潮江先輩がすぐそこまで迫っていた。ぶつかりそうな勢いに急いで身を引き、あいさつをする。けど、こっちのことは眼中にないらしい。返事の一つもないまま、嵐のように通り過ぎる。「何だ?」と雷蔵と顔を見合わせていると、遠くから「待ってくださいって」と聞き覚えのある声。ハチだった。

「ハチ!」
「お、兵助。雷蔵も」

俺たちの横を抜けていくハチを呼びとめると、俺たちの表情を読み取ったのか「進展があったらしい」とハチが告げた。

「らしい?」
「あぁ。俺らの方じゃなくて、立花さんの方らしい」
「あー」

話し込んでいた俺らに「竹谷、何、油売ってんだ」と潮江さんの怒号がとんできた。「げ」と顔を崩していたハチは、ぱ、っと表情を取り繕って「すぐ行きます」と叫んだ。それから、俺の方に向き直ると「悪ぃ、今夜、電話できなさそうだ」と拝み、すぐさま駆けだした。

「大変そうだな」
「うん。ご愁傷様」

どうやら、件の二人に振り回されているのは三郎だけじゃないようだ。