「よっ! って、あれ、兵助一人?」
「あぁ。勘右衛門は文化祭実行委員会だろ。三郎は出てるかどうか分かんねぇけど、雷蔵は?」

 文化祭まであと三週間。あっという間に夏休みが終わって俺たちの練習場は旧棟の音楽室になっていた(どう勘ちゃんが丸め込んだのかは怖くて聞いてねぇ)。夏休み中、ほぼ毎日、スタジオに私服で集まってたからだろう、制服姿のみんなと会うのはちょっと変な感じだった。一ヶ月半前までは、それがあたりまえだったのに、制服の白が妙に眩しい。

「あ、何か進路のことで担任に呼ばれてた」

 そっか、と頷いた兵助は「大変だな」とベースの手入れをしながら零した。兵助は、と出した声が、ふ、と大きくなってしまって、慌てて「何でもねぇ」と首を振る。だが俺の聞きたいことを察したんだろう、彼はネジを締めてしていた手を止めた。

「俺は推薦で受験するつもり。ハチは受験するのか?」
「専門だけどな」
「へぇ、何の?」
「トリマーとかペット関係」

 初耳だ、と笑った兵助は「あんまりそういう話をしてこなかったもんな」と続けた。それから「けど、雷蔵は教育学部だっけ?」と首を傾げた。

「あぁ。雷蔵ならきっと優しい先生になるだろうな。勘右衛門は、何か経済学部らしいけど」
「何か、すごいやり手な起業家になりそう。怖いな、それ」
「……確かに」

するっと相手の心の内側に入っちゃう勘ちゃんのことを考えると、同意せざるを得なかった。と、浮かぶ最後の一人。「三郎は全く不明だけどな」とぼやけば「あいつ秘密主義だから、最後まで言わないんじゃないか」と兵助は小さく笑った。

「こう考えると、まぁ、ものの見事にバラバラだよな」

 バラバラ。兵助の言葉が胸に突き刺さった。元々、文化祭のために組んだバンドだ。その先の話をしたことは一切ねぇ。けど、文化祭が終われば、受験に忙しくなるのは目に見えていたし、しかもその先の進路によってはこの町から出ていくやつだっているだろう。-----------いつか勘ちゃんが言っていた『世界に通じるバンド』なんて、夢物語だ。俺たちの音楽はここで終わる。頭では分かってるけど、胸がぎしぎしと軋んで痛い。

(終わりたくねぇな)

 そんなことを考え、どんよりと沈んでいく俺に「そう思うと面白いよな」と兵助が正反対の言葉を口にして。俺の意識は浮上した。面白いってどういうことだ、と目で訴えれば、

「ほらさ、やりたいことも性格もこんだけ違うのに、それでも、こうやって集まればバンドが組めるわけだろ。だから、面白いな、って思うし、だから、そうやって繋がることのできる音楽ってやっぱりすごいよなって感じるし。……俺さ、お前らに誘ってもらってよかったって思ってる」
「え?」
「結構、色んなバンドに飛び入りで弾いてたり、助っ人として頼まれてきたからさ誰とやってもそこそこ楽しかったし、一緒だと思ってたけど……でも、そうじゃないんだな、って思った」

 ふ、と笑いながら兵助は弦を一つ弾いて。

「この五人で音楽を創れてよかった。すごい楽しい」

あぁ、としか答えることができなかったけど、兵助の言いたいことがすごく分かった。ホント、てんでバラバラで、多分、バンドがなければ勘ちゃんはともかく他のやつらとこんな風に仲良くなることはなくって、互いのことを知らないまま卒業しただろう。------------音楽ってこんなに楽しいんだ、音楽で繋がれるんだ、ってことも知らないままに。

「って、まだ創ってる途中だけどなー。ハチ、一曲目のさぁ出だしの所なんだけど」

 照れ隠しなのか何なのか、唐突に兵助が話題を変えた。もうちょっと話したかったな、とちょっと残念に思いながら俺は彼が開いたスコアを覗き込んだ。たくさんのチェックが入ったそこから、文化祭を成功させよう、って気合いが伝わってくる。

(あぁ、そうだ……まだ終わってねぇ。ってか、始まってすらもねぇんだった)

 文化祭が終わってからのことは分からねぇ。けど、その時になったら、きっとまた何か答えを出すことができるんだろう。まだ始まってもないことを考えたってしょうがねぇ、と俺は決めて、兵助のアドバイスに耳を傾けていると、

「っと、何だ、二人だけか」

 いきなり音楽室のドアが開いたかと思うと、ぱ、っと空気が変わる。ずけずけと入ってきた三郎に「あぁ。ってか、お前、文化祭実行委員は?」と聞いたら「んな面倒なの出るわけないだろ」と一蹴された。

「あ、兵助、これ」
「ん、分かった」
「まぁ、急がないからさ」

 分かった、と兵助が受け取ったものはCDだった。五人五様。音楽の趣味は被るところもあるが、ちょこっとずつ違っていて、時々「これ、おすすめだから聞いてみて」とか「このアーティストのアルバム持ってねぇ?」なんてCDやデータで貸し借りしていた。だからこれもそうなんだろう、と「誰の曲?」と訊ねれば、二人の視線が一気に俺に真向かった。鋭い、というよりはその勢いに、何かいけないことをしたような気分に陥る。

「これ? これは三郎が作っ「おぃ、兵「マジでっ!?」

聞きてぇ、と叫んだ俺に三郎は「お前、言うなよ」と兵助からCDを取り返して睨んだが、兵助の方はといえば「別に隠すことでもないだろ」と飄々としていた。悪いことしてるわけじゃないんだし、と付け足した兵助に「そーですね」と三郎はそっぽを向いた。その頬は心なしか赤くなってて。

「もしかして、照れてやがる?」
「うるせぇ」
「あ、やっぱ照れてるんだ」

 日頃のお返しとばかりに、ひょい、と覗き込んでからかおうとしたのだが「そんなこと言うヤツには聞かせねぇぞ」と言われてしまい、俺は口を噤んだ。なのに、一向に、三郎微妙な空気感を軽くしたのは俺でも兵助でも三郎でもなく、

「どうしたの?」
「あ、雷蔵。お疲れ」
「ありがとう。あ、それ、三郎の新曲? 僕もまだ聞いてないや。聞かせてよ」

 自然体の雷蔵だった。黙ったままケースからCDを出そうとした三郎に「ギターあるんだし、弾いたらいいんじゃない?」と、聞いてるこっちからしても無茶ぶりだろ、って思うことを口にした。三郎が「ちょ、雷蔵さん?」と焦ってるのが分かる。でも、ニコニコとした笑顔を崩さない雷蔵の前には勝てなくて。はぁ、と溜息を零した三郎は、立て掛けてあったギターを手にして------------きぃ、と空気が泣いた。

***

「お前がやりたいって言ったんだからな」
「分かってるって」
「帰ってきた時にその状態だったら……分かってるだろうな」

 目の前にあるのは、単語が羅列された紙。文化祭まで残り一週間を切った最後の日曜日、他の四人はセンター模試なのだが専門を受験予定の俺には関係なく音楽室で篭もって歌詞を書くことにしたのだが----------一向に進まねぇ。

(うーこんな、むずいと思わなかった)

 三郎の曲を聴いた瞬間、きらきらとしたものが俺の中に降ってきて、思わず叫んでた。-----------「これ、文化祭でやろうぜ」って。三郎からは「はぁ?」と拒絶されたけど、兵助と雷蔵からは「いいな」とか「面白そう」というノリノリな反応が返ってきた。すぐさま三郎が「や、けど、まだギターしかねぇし、歌詞もねぇし」と話を流そうとしたけど、どうしてもこの曲をみんなの前でやりたかった俺は「三郎なら、なんとかできるだろ。歌詞は俺が書くからさ」なんて言ってしまったのだ。
二日後、目の下に隈を作りまくった三郎が「私はやったからな。後はお前がなんとかしろよ」と持ってきたのが、ベースにキーボード、そしてドラムがギターに重ねられたデモテープだった。これで俺ができませんでした、なんて死んでも言えねぇだろう、と必死に紙に歌詞を書き起こそうとするけれど、なんか、うまくいかねぇ。----------きらきらした、あの感じ。あれをどうやったら伝えることができるんだろう。はぁ、といくつ目になるのかすら思い出せねぇ溜息を零してると、

「どう、歌詞作りの方は」
「あー」
「その様子だとあんまり進んでないみたいだね」

 ふわ、っと俺の前に座ったのは雷蔵だった。今更、格好をつけたって仕方ねぇ。がしがし、と頭を掻いて「あんまりってか、全然」と答えれば雷蔵は吹き出した。

「や、笑い事じゃねぇって。助けて雷蔵。このままじゃ三郎に殺される」

 二日間、学校に来ないどころか飲まず食わず寝ずで三郎は曲作りに没頭していたのだ「悪ぃ、やっぱり無理だった」で済むわけがねぇ。とにかく形にしねぇと、と思うのだが気持ちだけが空回りしてしまっている現状、「まぁ、確かに、三郎にしては珍しく、かなり気合い入れて作ってたけど、普通はあんなに早くに作ることはないからね。ってか、作り上げた方が珍しいくらいだからね」なんていう雷蔵の慰めの言葉は重荷にしかならなくて。つい「ちょ、それプレッシャーだから」と漏らせば「ごめん、ごめん」と彼は謝った。けど、ふ、と口の端を緩めた。

「でも、それだけ嬉しかったんだろうな。オリジナルをやるの」
「え?」
「三郎。すごく楽しそうだもの……ずっと、こんな風にバンドをしたかったんだろうね」

 どういうことだ、と訊ねようとした瞬間、チャイムが俺を引き留めた。やべぇ、一時間目が終わっちまった。タイムリミットまであと8時間。言葉が並んでる手元の紙に転がってるシャーペンを取ろうとして、ふ、と気づく。

「ってか、雷蔵。模試は?」

 あー、と呟きを落とした雷蔵は、あは、っと笑った。それから「サボっちゃった」と告げた彼は笑顔のままだったけど、さすがに俺もびっくりしてしまった。

「えぇっ! マジで!?」
「うん。別にどうしても受けなきゃ、ってことはないんだ。僕も一応、推薦狙いだし。ただ、僕、迷い性だからさ、先生に『もしセンター受験に切り替わったときに慣れてないと選択肢を選べずに終わるとかってなるだろうから、マークシートの練習に受けておきなさい』って言われて受けようとしていただけで。それくらいなら、キーボードの練習した方がいいかなって。ほら、塾とかの関係で僕が一番練習できてないし」

 雷蔵は真っ直ぐに俺を見て、笑った。

「今一番やりたいこと、って聞かれたら、その答えは迷わない自信があるや。……ねぇ、ハチ。文化祭、成功させようね」
「あぁ」


BLUE STAR