本日もポテト日和。Lサイズの値段がMサイズと一緒になった、ってのは、俺ら高校生にとっては喜ばしいことで。朝から賑やかなマックの二階に駆け上がれば、昨日と同じメンツがすでに揃っていた。 「あ、ハチ、こっちこっち」 昨日とは逆、雷蔵と三郎が通路側に座っていて、俺に気づいた雷蔵が手を振って呼んでくれた。とりあえず、と買ったフィレオフィッシュのセットを持って近づけば、雷蔵のトレーにはすでにぐしゃぐしゃになった包み紙があった。二色あるってことは、すでに雷蔵の体の中にはハンバーガー類が二つ入ってる、ってことになる。そして、その手には三つ目のハンバーガー。昨日は模試の間を抜けてきたから普段はもっと食べるのだろう、と想像はついても、こんなにも大量だとは思わなくて。いくら大食らいでも、朝からこれだけって、と呆然と眺めていると三郎が鼻を鳴らした。 「遅ぇ」 「悪ぃ、出かけに母ちゃんに捕まってさー」 雷蔵のトレーから目を話し、トレーを置きながら言い訳をしようと思ったけど、 「ハチのおごりな。私、チキンナゲットとポテトのM追加」 「マジで?」 「マジで」 「えー、せめてどっちかにしてくれよ、三郎」 鉢屋って呼ぶのがよそよそしい感じがしたから、どさくさにそう呼んでみたけど、やつは「遅刻してくる方が悪い」と特に変わることがなかった。気づいてねぇのか、スルーしたのか。まぁ、また文句を言われたら考えればいいや、と投げて、ついでに、話題も別のところに持っていこうと、話を投げた。 「あれ、ベースのやつは?」 「あーそれがさぁ」 珍しく言いづらそうに、ぼそぼそと語る勘ちゃんの話をまとめるに、あてにしていたベースのやつが断ってきた、ということだった。ただそれを言うだけで、そんなに言葉を選ぶ必要があるのだろうか、と理由を尋ねようかどうしようか迷っていると、三郎に先んじられた。 「ベースならいいやつ紹介してやろうか?」 「誰?」 「一組の久々知」 「くくちぃ?」 三郎の口が紡いだ音がすぐに彼の顔に結びついたのは、久々知もまた有名人だからだ。三郎と同様、よく成績優秀者として掲示板に名を連ねているやつだが、正直、音楽をやる姿が想像できねぇ。 「俺、同じクラスだけど、そんなの初めて聞いたんだけど」 呆然と呟く勘ちゃんの気持ちも分からなくもない。同じ優秀者でも三郎がギターをやってると聞いても、あぁ、としか思えないが、久々知の場合は「マジで!?」となるのは、絵に描いたような品行方正成績優秀なイメージしかねぇからだ。 「あー、あいつ上手く隠してるからな。そこのライブハウスとかスタジオによく出入りしてるぞ」 「ライブで聞いたことあるけど、本当にすごいよね。いっつも助っ人的に出てるからもったいないな、って思うくらい」 そうだな、と相槌を打った三郎は、ふ、っと唇を緩めた。 「あいつのベースは変態的だぞ」 「三郎、それ、褒めてるの?」 「褒めてる褒めてる」 そうやり取りしている二人は久々知のことをよく知っているようで、「今日あたりスタジオにいるんじゃねぇの?」と三郎が窓の向こうに視線を投げた。 「かも。行ってみる?」 「あぁ」 頷いた俺はさっさと目の前の食糧を片すために、バーガーを包んでいる紙を開いた。 *** ここだ、と紹介されたスタジオは大通りから一本入ったところ、随分と細長いビルにあった。慣れたように入り口で「兵助って来てる?」と尋ねている三郎と雷蔵に任せ、あたりを見回す。べりべりと貼られては剥がされたフライヤーの類で黒の壁は、所々が剥がし損ねた紙の跡で斑になっていた。薄暗い店の奥から、時々、噴出した音がうねりとなって俺を襲い、そしてすぐに閉ざされる。ドアの開閉で漏れてくるのだろう。防音とはいえ空気はどこか震えていて、触れる膚に刻まれる。 「ハチ、置いてくぞ」 いつの間にか話は纏まってたらしく、三人は受付のところを通り過ぎていた。慌てて追いつけば、「っと、102、102」と部屋番号を確かめる雷蔵のぶつぶつとした声が届いた。雷蔵に続いて、三郎、勘ちゃんと背中が止まる。 「あ、ここだ……何か演奏してるみたい」 「ま、いいだろ。別に録音してる訳じゃねぇだろうし」 そう勝手に決めつけた三郎が雷蔵の非難を受ける前に、ドアを開けてしまって。---------深いうねりが俺を直撃した。 「っ!」 また、だ。勘ちゃんの時と同じ。体の芯が震える。歌いてぇ、と体が叫ぶ。思わず口ずさみそうになった瞬間、けれど、それは叶わなかった。ぱた、っと音が途絶えたから。 「兵助」 「雷蔵。どうしたんだ?」 「ちょっと用事があって」 「ここでは久しぶりだな。あ、ってか、三郎もいたのか」 「いて悪かったな」 後ろから見ても分かる、不機嫌な三郎の背からひょいと顔を出せば、久々知と目が合った。あれ、と向こうの表情に疑問が宿り、それがそのまま口に出される。 「どうしたんだ? ずいぶんとおもしろいメンバーだけど」 そりゃそうだろうな、と雷蔵か三郎が説明してくれるのを待っていると「おい、ハチ」と、ぐい、っと三郎に腕を引っ張られた。そのまま、三郎の前、雷蔵の隣に並ぶ形となる。意味が分からず「え、ちょ、何?」と俺を前に出させた張本人を振り返れば「お前が説明しろよ」と未だ不機嫌な面立ちで三郎に顎をしゃくられる。 「え、俺?」 いくらなんでも、無茶ぶりすぎねぇか。説明しろって言われたらするけど、でも、俺と久々知は互いに顔を知っているって程度で、そんなやつに頼まれてもオーケーが出るとは思えねぇ。せめて、仲のいい雷蔵や三郎の方がいいんじゃないだろうか。けど、顔をしかめたままの三郎に「いいから」と急かされ、俺は久々知に向き直った。 「えっと、その……文化祭に向けてバンドを決定したんだけど、久々知にベースをやってほしくって」 女子に告白するときだってこんな緊張しねぇだろう、って勢いで心臓が鳴ってやがる。断られたら何て言おうなんてシュミレーションしかけた頭を、凛とした声が割った。 「いいよ」 あまりにあっさりとした答えに、一瞬、耳を疑った。 「え?」 「ベースだろ」 「あ、あぁ」 しどろもどろになっている俺とは余所に彼は肩から掛けっぱなしのベースをそっと触れた。 「俺は、こいつが弾けたら何でもいいから」 BLUE STAR
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