駅前のマックはお昼時の戦場を過ぎても賑やかだった。焼き尽くす勢いの日照りに晒されてずっと歩いてきたせいだろう、未だ吹き出す汗を拭いながら俺はトレーを持って二階の席に上がった。ビルの店舗のために横幅は手狭だが奥にまである店内をきょろきょろと見渡し、勘ちゃんを探す。もう相手が来てるから、と俺に注文を押しつけてさっさと上がっていったのだ。

「ハチ」

と、剥こうから俺を見つけてくれたようで、背後からの声に「おぅ」と振り返り、ぶんぶんと手を振っている勘ちゃんの方に足を踏み出す。待ち合わせ相手はこの位置からじゃ柱の陰になって見えない。どんなやつなんだろう、と期待を胸に膨らませながら勘ちゃんの元へと寄って、

「って、鉢屋?」

予想外の人物がそこにいて、つい、のけぞってしまった。がさ、っと音が広がる。紙ナプキンの上に元々飛び出してしまっていたポテトがさらに出てきたところだった。傾いてしまったトレーを水平に持ち直し、テーブルに下ろす。「どーも」とその言葉だけ口にしてポテトに指を伸ばす鉢屋に「あ、あぁ」と俺は答えると勘ちゃんの隣に腰を下ろした。

「あ、そっか、二人はクラスメイトだっけ」
「あぁ、まぁ、そうなんだけど……ってか、何で勘ちゃんは知ってるんだ?」
「え、だって俺、クラスの代表委員だもん」

そういえば、つい最近、そのことを考えたばかりだというのに、すぐに抜けてしまうのは勘ちゃんが鉢屋とは別の意味で代表委員らしからぬところがあるからだ。

「だもん、とか言うな。気持ち悪ぃ」
「ひどいなぁ」
「で、何の用だ?」

すぱ、っと話を斬った鉢屋に勘ちゃんはちょっとだけ笑った。そこから鉢屋のやつは視線を外すと、油が滲みきってしわしわになりつつあるポテトを摘んだ。口に運ぼうとしていた手は、勘ちゃんの言葉で止まる。

「鉢屋、ギター弾けたよね」
「あぁ?」

跳ね上がった語尾に、怖ぇ、と感想を持つけれど勘ちゃんは特に気にしてないようで「ほらさぁ、一昨年だっけ、文化祭で飛び入りでステージ演奏してたでしょ」と彼の目を覗き込んだ。そんなことあったんだ、知らなかった、と俺が口を挟むことはできなかった。勘ちゃんを避けるように目を伏せた鉢屋の指先でポテトをぶらぶらと揺れだした。

「……それがどうかしたのか?」
「うん。もう一回、そのステージに立つ気はない?」
「は?」
「俺たちとバンド組もうよ、ってお誘いなんだけど」

ずっと摘んでいたポテトが、ぐにゃん、と途中で力を失して落下した。唖然としている鉢屋に、こんな顔もするんだな、と初めて見る表情に新鮮に思う。しばらく、まじまじと俺たちに視線を遣っていた鉢屋は、叩きつけられたポテトの油がトレーに敷かれている紙を滲ませた頃、ようやく口を開いた。

「俺のメリットは?」
「文化祭最終ステージでの演奏」

そう言い切った勘ちゃんに今度は俺もびっくりしてしまった。さすがに「いいのか?」と止めるように問いかければ「実行委員長とはもう話が付いてるんだ」とピースを俺に向けた。さすが勘ちゃんと言うべきか何と言うべきか。とりあえず「魅力的だろ?」と満面の笑みで告げる勘ちゃんに鉢屋が大きく溜息を吐いたのが分かった。

(こりゃ、ダメかもな)

そう諦めようと二つ目のてりやきバーガーに(余計なことを言って破談にならねぇよう、口を挟まなくてもいいようにずっと食べてたのだ)手を伸ばそうとした瞬間、俺の耳に飛び込んできたのは信じがたい言葉だった。

「いいよ」
「えっ、マジで!?」

思わず握手しにいこうと体が動いちゃって、手前にあったコーラが入っているカップにぶつかる。ぐらついて倒れそうになったそれを、危ね、っと寸でのところで引き戻せば、たぷん、と不透明の白い蓋の中で、コーラが暴れまくった。

「運動神経いいな」

普通に話しかけられたことに驚きつつ「あー、前は野球してたから」と答えれば「へぇ」と戻ってきた相槌に感心が混じっていた気がした。だから、ついつい調子に乗ってしまった俺は「どこ?」と尋ねられた俺は意気揚々と「センター」と答えたのだが、

「違ぇよ、バンドで何のパートかってことだ」
「あ、」
「筋肉あるってことでドラムか?」
「ぶぶー、ドラムは俺」

じゃぁ、と観察するような視線に俺は、もごもごと答えた。

「えっと、ボーカル……です」

実際に口にしてみると、何かすげぇ恥ずかしいというかおこがましいというか。とりあえず、何かスンマセンって頭を下げたい気分だった。

「これでギターとドラムとボーカルが揃ったってわけだ」
「あ、そうだ。参加するのにさ、一つだけ条件があるだけど」
「条件?」
「もう一人、こいつをメンバーに加えてくれ」

こいつってどいつだ、と尋ねる間もなく鉢屋は俺たちが意見する前に携帯電話を取り出し、目の前で掛けだした。思わず勘ちゃんの方に視線をやれば、勘ちゃんも誰かは分からねぇようで、二人、顔を見合わしている中、三郎の声だけが響いた。

「あ、もしもし、今どこ? あ、そう、すげぇ近いな。あのさ、今からマック来て…そう、そこの二階。待ってるから」

***

手ぶらで入るのは悪いから、って感じで買ってきたのだろう、トレーにSサイズのポテトと飲み物が一つ。その緑色のトレーの持ち主はよく見知った顔だった。

「もう、何さ、急に来いって……あれ、ハチに、えっと、隣のクラスの」
「尾浜勘右衛門」

勘ちゃんより先に答えた鉢屋の言を受けて雷蔵は「あ、そうそう、尾浜くん」と俺の前に空いていた椅子に腰を下ろした。すぐさま勘ちゃんが「あ、勘ちゃんって呼んでー」と話しかける。俺も誰とでもすぐに打ち解けれる方だとは思うけど、勘ちゃんの手の早さには叶わない。

「名前、勘右衛門って言うんだけど、こいつと一緒で長ったらしいから」
「悪かったな、長ったらしくて」

思わず突っ込めば雷蔵は笑いながら「うん。僕も雷蔵でいいから」とポテトをつまみ出す。

「そういえば、制服だけど、今日、学校行ってたの?」
「ううん。そこの塾で模試があったから。ってか、今も、そうなんだけどね」
「え、悪ぃ。大丈夫か?」
「あ、うん。今、政経の時間で僕は必要ないやつだから、あと三十分くらいは大丈夫」
「そっか。ってか、昨日まで学校で期末テストだったってのに、また今日テストとかすげぇな」
「うーん、まぁ受験生だから仕方ないかなぁ」

どき、っと拍動が一つ荒れた。心臓は正直だ。受験生。忘れていた訳じゃねぇけど、でも、ついつい意識の隅に追いやろうとしてしまうことの一つだった。別に雷蔵が悪いってわけじゃねぇんだけど、急に空気に重たさを感じてしまう。だが、

「雷蔵さ」

ふ、と空気の色が変わった。それまで延々とポテトを摘んでいた三郎の声だった。急に喋り出されると、ちょっと心臓に悪い。だが緊張しているのは俺だけなんだろう、「何?」とフィレオフィッシュの包み紙を剥こうとしていた手を止め尋ね返す雷蔵も、ビックマックにかぶりついている勘ちゃんも至って普通だった。

「キーボード、やって」
「はいっ?」

それまで、おっとりとした笑みを浮かべながら俺たちとやり取りをしていた雷蔵が素っ頓狂な声を上げた。そりゃそうだろう。いきなり脈絡もなく、んなこと言われたら。雷蔵が「どういうこと?」と尋ねるが、三郎から返ってくるのはズルズルとシェークを啜る音だけで。意味が分からない、といったように俺たちに助けを求めてきた彼に、バンズを飲み込んだ勘ちゃんが説明をする。

「えっと、俺ら、文化祭のステージ発表でバンドを組んで出ようかと思うんだけど」
「うん」
「そのバンドのキーボードに雷蔵を、ってことでいいのか?」

後半の問いは三郎へのものだったのだろう、勘ちゃんが顔を三郎の方に向けた。おぅ、と彼の口にくわえられたシェークのストローから籠もった響きが聞こえる。

「ということみたいなんだけど」
「え、あー、うん」

困惑した響きを彼は上げた。唐突に言われても、そんな簡単にイエスって言えない事情は制服を着ている雷蔵を見ればなんとなく想像がつく。--------こんなことしてる場合じゃないだろう、って言われたら反論できない自分がいることに、ちょっと、もやっとしていると、

「ごめん、急すぎて。ちょっと考えさせてくれる?」

ゆっくりと息を吐きながら雷蔵が選んだ言葉を継げてきた。

「あ、もちろ「雷蔵が入らないなら、私も入らない」

もちろん、という言葉尻をかき消した三郎の突然の宣言に「ちょ、三郎、何言ってるの?」と食いついて非難したのは俺でも勘ちゃんでもなく、雷蔵だった。

「何ってそのまんまの通りだが」
「だって、ハチと勘ちゃんに誘ってもらったんでしょ?」

確認するように俺たちに視線を振ってきた雷蔵に「あぁ」と頷けば、彼はすごい勢いで再び三郎の方を見遣った雷蔵は「それなら、そんなこと、絶対に言っちゃ駄目だよ。誘ってもらうなんて、ありがたいことじゃない。せっかく二人が三郎をメンバーにいれてくれたんでしょ。それを断るだなんてありえない」と、普段の彼からは想像つかない勢いで喋り倒した。

「あ、あぁ」

呆気に取られたのは三郎も一緒のようで、そう相槌を打ったっきり、声も出せないようだった。息をつく間もなく喋り尽くした彼は、ふ、とそれまでの形相を変えた。深い笑みでゆったりと笑う。

「好きなんだからやればいいじゃない」

何がなんだか分からねぇが、とりあえず雷蔵が俺たちを味方してくれるってのだけは理解できて「そーだそーだ」と合いの手を入れれば三郎から睨まれる。ついでに勘ちゃんの、余計なこと言って、って感じの視線も痛い。俺から視線を外した三郎は、覗き込んでいる雷蔵に顔を向けることなくポテトに指を伸ばした。それから、ぽつり、と吐き出す。

「それは雷蔵もだろ」

潰せない間の後に、雷蔵は「……そうだね」と呟いた。それから、急に顔を上げたかと思うと、俺たちに笑顔を向けて。ぺこりと頭を深い位置まで下げた。

「じゃぁ、改めてよろしく」


BLUE STAR