人間ウォッチング



なんで校長の話はこうも退屈なのか、と演台で一人熱弁をふるっているハゲ頭を眺める。
あっちこっちに飛びまくった話は、結局、高校生たるもの勉学に打ち込まなければならない、
冬休みもしっかり勉強しろ、という所に戻ってきたらしい。
らしい、というのは、話の9割ぐらいは頭のはるか上を通り抜けて行っているからだ。

(1割で理解する話を20分もするなよな)



窓から差し込む太陽に、体育館は、ぽかぽかとした陽気につつまれている。
人によっては眠気を誘うそれは、むしろ自分にとっては暑いくらいだ。
学ランの下に着こんできたパーカーを呪いつつ、袖をめくってしのぐことにする。






前方の方で、隊列から少しはみ出たしんべヱの体が、ぐらり、と横に揺れた。
どうやら立ったまま寝ているらしい。
そのすぐ後ろにいたのだろう、日に透けた茶色が柔らかな髪が慌てているが分かる。
支えつつも、しんべヱ体の重みに負けそうになってこけそうになる乱太郎を、
その隣の喜三太がなんとか引っ張って事なきを終えた。

(あ、おっ? 大丈夫か。しっかし、立ったまま寝るなんてな)

自分自身も授業の大半は睡眠学習に費やされているとはいえ、さすがに立って寝たことはない。
クラスの中でも頭一つ抜きんでた自分が集会で寝れば、壇上から一目で分かるだろう。
「頼むからちゃんとしてくれ」と泣きつかんばかりの担任の顔が浮かび上がる。






真ん中あたりにいた三治郎の肩が、小刻みに揺れているのが視界に入った。
おそらく、隣にいる兵太夫と何か面白い話をしていて、ついつい、笑っているのだろう。
後で何の話をしてたのか聞こうかと思い、余計な事に巻き込まれそうな気がして止めておくことにする。

(あー、頼むから巻き込むのは止めてくれ)






胃が痛くなってきた気がして、視線を別の所に向ける。
びしり、と直立不動をして微動だにしない背中は、庄左ヱ門だ。
まるでマネキンが制服を着ているみたいだ、と妙な考えに、思わず背筋がぞわり、とする。
それでも隣にいる伊助が何かを話しかけたらしく、それに応じる姿は、このクラスの学級委員だとも思う。






と、目の前の金吾がさっきから、そわそわと動いてるのに気が付いた。

(なんだ、便所か?)

ゆらゆらと揺れる肩の辺りは落ち着きがなく、こっちが酔いそうになる。
何をしてるんだ、と声を掛けようとして、その手に何かが握られているのが分かった。
拳から見え隠れする赤いものに、じっと眼を凝らす。よくよく見れば、どうやらハンドグリップらしい。



(あー、その手があったか)

このクラスでも筋肉馬鹿三人と称される彼のことだ、一秒たりとも無駄にできないのだろう。
金吾らしい、と思いつつ、自分ともう一人、筋肉馬鹿と呼ばれる隣に立っている虎若に視線を送った。
重たげな瞼と虚ろな目をした彼は、それでも、目をこすったり頬をつねったりと眠気と闘っているようだった。



「ふぁぁ、」

と、虎若の眠気が感染したのか、思わずあくびが漏れた。



(あー、だりぃ。サボれば良かった。今からでもふけるか?)

ぽん、と叩かれた肩に、担任に考えを読まれたかと思い、体が一瞬浮き立った。



「眠そうだな」
「っ…きり丸か。脅かすなよ」
「悪ぃ悪ぃ」
「こんな日まで遅刻かよ。またバイト?」
「そうなんだよ、聞いてくれるか、すごくいいバイトが見つかったんだよ」
「いいねぇ、乾く暇がないってやつですか」
「まーね。あ、人出足りないって言ってたから、あとで紹介してやるよ」
「マジで? 頼む」
「何を頼むって」
「「土井先生」」

第三者の声に、思わず大声が出てしまっていて。
すぐに、「うほん」と壇上から盛大な咳ばらいが届く。
ぎゅ、っと頭から受ける圧力と共に聞こえてくる、担任の「すみません」コール。

(先生ってのも、大変だな)



「……お前らなぁ」
「「すみません」」
「きり丸、団蔵。あとで職員室な」
「へーい」
「遅刻のきり丸は分かるけど、何で俺まで」
「さぁ? 何となくだ」
「……理不尽だ」










(「おー団蔵から知性の光が」「先生、こいつ、一発殴ってもいいですか」)








title by メガロポリス