さん、にい、いち、
『さて、いよいよ得点発表です。今年は紅かそれとも白か…』 朗々と声を張り上げる司会者の顔が、ぷつん、と消えた。 コタツで温もっていた僕を、すでに用意し終わった母親が見下ろしていた。 と、いつの間に始まったのか、村に唯一ある寺の、間延びした鐘音がしていることに気がついた。 「雷蔵、そろそろ出かけるわよ」 「分かった」 食べようか食べまいか迷って、ずっと手の中で転がしていて、 すっかり温まってしまったみかんをコタツの上に置き、僕は立ち上がった。 「寒いから、よーけ着んさいよ」 台所の水音が止み、割烹着の裾で手を拭きながら祖母が顔を出した。 コタツの傍らまで来ると、その中で寝ていた祖父の肩に、「仕方ないねぇ」と毛布を掛けた。 それを横目に、ハンガーに吊るしていたダウンジャケットに身を包む。 「っと、」 コタツの裾辺りに転がしておいた携帯を踏みそうになって。 慌て拾い上げ、ポケットにねじ込もうとして、サブディスプレイが視界に入る。 小さな液晶の画面には、辛うじて電波が一本だけ立っていた。 (んー、繋がるかなぁ) 「ちょっと急がないと」 「のんびりし過ぎたんやなぁ。あ、雷蔵、鍵はせんでもええわ」 「え、いいの?」 「こんな田舎は泥棒なんて来やんで、ええよ」 重たい玄関の引き戸を開けた途端、乾いた匂いと共に夜風が駆け込んできた。 背筋が撫でられ、その寒さに首をすくめ、マフラーに顔を埋める。 いつもなら散りばめたような星空も、今夜ばかりは人間の賑やかさに負けているようで、 頼りなさそうな、弱々しい光を放っていた。 「ありゃぁ…」 「お参りできるのは年を越えてからになるかもねぇ」 小さな神社の周りには、村落の住民全員が来たんじゃないかってぐらいに人が溢れ返っていた。 本殿へと列になっているところに並び、じりじりと進んでいると、ポケットの中が揺れた。 短く三回、それを繰り返す鈍い振動にメールじゃなく、電話だと知る。 「ちょっと、ごめん」 玄黒の闇にぼんやりと浮かび上がった液晶画面のその名に、急いで列から離れる。 ---------年末年始は祖父母の家に行くのだと言った時の、彼の表情が脳裏に浮かんだ。 「もしもし?」 「あぁ、雷蔵」 ノイズ混じりの三郎の声の背後は、やけに騒々しくて。 大勢の人たちが盛り上がっているのが伝わってくる。 どこかのカウントダウンイベントだろうか。 (あ、ひとりじゃないんだ) ほっとしたのが、半分。 ちょっと淋しいのが、半分。 「明けましておめでとう」 「えぇ、もう?」 「嘘。まだ」 「フライングしすぎ。三郎、お酒飲んでない?」 カラカラと笑いながら「飲んでないって」と答える陽気な彼に、嘘だな、と心の中で呟く。 「雷蔵は今、何やってるの?」 「今? ばあちゃん達と神社に来てるよ」 「ふーん。寒い?」 「そりゃ、外だからね。三郎の方こそ、賑やかだね」 「あー、まぁ。あ、今度こそ本当」 「え」 聞き返した僕の耳に、「さん、にい、いち、」と柔らかい声が届く。 「明けましておめでとう、雷蔵」 三郎の言葉にかぶさるように、弾ける歓声がなだれ込んできた。 神社の方からも、賑やかで温かなざわめきが広がってくるのを感じる。 ぎゅと、携帯を握りしめて、どこにいるか分からない神様にお願いをする。 「明けましておめでとう、三郎」 (--------------今年も、君とたくさん笑い合えますように。)
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