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お月見をテーマに感謝の気持ちを込めて、続きよりsssを。



   竹久々(現代)
   鉢雷(現代)
   文仙



























 竹久々

「あ、」

まるいまるい、月だった。金色の、やわらかい光を纏ったそれは、とても大きくて。とっぷりと暮れた闇の中で、静かに宙をのぼって行くところだった。絵本の中に出てくる、青い帽子と赤い帽子の二匹のねずみが作った、大きなカステラみたいな、ふんわりとした月だった。

(あれは双子の野ねずみだったっけ?)

帽子と服の色以外には見分けを付けることができない仲睦まじい二人が、卵から大きなカステラを作るという話が好きだった。ふ、と、遠くにいる彼のことを思った。普段なら、そんなセンチメンタルなこと考えねぇのに、その優しい満月に、どうしようもなく彼のことが浮かんできた。

(ハチに見せてやりたいよな)

「……あっちは、何時だろう?」

ポケットに突っこんだままの携帯を取り出して、サイドキーを押せば、人工灯の乾いた光が目を射った。小さな画面に現れた携帯の時刻を見ても時差を考えても、ちっとも見当がつかない。せっかくの国際電話対応だというのに、まだ、一度もハチに電話をしたことがなかった。電話するのが怖かった。

(ハチの声を聞いたら、きっと)

臆病者、と笑われればそれまでかもしれねぇけど、怖かった。ハチも頑張ってるんだから、困らせることはしたくなかった。だから、電話をかけたい衝動を必死に押さえ続けていた。ただ、電話帳の画面を開いては閉じるのを繰り返すうちに、妙に桁数の多い番号は覚えてしまった。

(今すぐ、飛んで会いに行けたらいいのにな)

かぐや姫がどっかの求婚相手に吹っ掛けた無理難題のようなものだ。あり得ない、そう分かっている。

(ハチと、この月を見れたらいのになぁ)

叶うことのない祈り。月にだって人類は行けちゃう時代、それと比べれば、海外なんてずっとずっと近いはずだった。ただ、それは経済力というものがある大人にとって、というだけで。毎日のメール代金ですらバイトで貯めたそれで四苦八苦しながらやりくりしている俺にとっては、ハチのいる地は、月よりもずっとずっと遠い場所のような気がする。

「何て思ってたって、しょうがないか」

沁みこんでくる痛いほどの淋しさを振り払うように、「あ、写メールとか送ってみようかな?」と明るく自分に言い聞かせる。もちろん、返事なんて返ってこなかったけど、カメラ機能を選んで、空に向けて手を伸ばす。そんな多少の距離でどうにかなるわけじゃないと分かっていたけれど、少しでも近くなるように、と。カシャリ、と切り取る音が耳に響いた。-----------携帯の液晶に映し出されたのは、イミテーションの、月。

(やっぱり、偽物は偽物だよな)

目の前に広がる優しい月の光をどう足掻いたってハチに伝えることはできないのだ、そう知って、心臓の裏側から冷えていく。淋しい。哀しい。会いたい。

「っと、…誰だろ?」

突然、携帯が震えた。軽く持っていたがために、あまりの反動に落っことしそうになって。ぎゅ、と握りしめるようにして、なんとか免れると、まだ手の中で携帯は振動していた。長く響くバイブレーションの種類から電話だと気づくと、発信者を確かめずに通話のボタンを押した。

「もしもし」
「あ、兵助? 俺だけど」

温かな声が俺を包み込んだ。遠い遠い異国の地で一人頑張っているハチの声。

「ハチ!? どうした? 何かあった?」
「……何かないと電話しちゃいけねぇのか?」

受話器越しに感じた急に下がりきったトーンに慌てて「や、違うけど…急だったから、びっくりした」と否定をし思っていたことを告げれば、ふわりと明るさが浮上した声音で「元気してたか?」と尋ねられた。

「俺? 俺はまぁ変わりないよ」

彼の声を逃さないように耳に携帯を押しあてながら、ゆっくり歩き出す。月明かりに、足もとを付いてくる影が長く長く伸びる。本当は淋しくて、元気なんてなくて、変わりないとは程遠いのだけれど、強がりをごまかすように、別の話題に向けた。

「あ、あのさ、ハチ」
「ん?」
「今日、月が綺麗だよ」
「へぇ」
「すっごく丸くて、黄色くて、まるで」

視線を上げると、さっきよりもちょっと高いところで、ふんわりと浮いている。

「あー、なんか、大きなカステラみたいだな」
「え?」
「前にお前が見せてくれた絵本にあったじゃん。あんな感じ」
「…なんで、外国にいるハチが分かるんだ?」

すると、耳元で笑い声が揺れた。あったかな、大好きな。彼の、笑い声。

「今、兵助の家の前だから、早く帰ってこいよ」












鉢雷

「兎の目がどうして赤いか、知ってるか?」

やけに明るい月の光に、足下に長く長く伸びていた影が、ふらり、と大きくぐらついた。僕の肩にのし掛かっていた重みが急に軽くなった、と思ったと同時に三郎が地面に転がっていた。すっかりと酔っぱらっている。珍しく「友人の結婚式の二次会だから、今日は飲んでくる」と朝からハミングを零していたけれど、連絡を入れるという約束が日付を跨いでも果たされることはなく、心配になってこちらから携帯に電話をしてみれば、困り果てた人物が出て、こうやって迎えに来たのはいいけれど。

(もぅ、完全に酔っぱらってるんだから)

泥酔、とまではいかないものの、ここまで三郎がぐでんぐでんになるのは滅多となかった。洒落込んだスーツのまま尻餅をついてしまった彼に「何やってるんだよ」と手を伸ばせば、唐突に三郎の口を吐いて出たのが先の言葉だった。さっきまで、へらりへらりと「わるいなぁ、らぃぞー」なんて回らない舌で喋っていたのが嘘みたいに真っ直ぐな言葉で、僕はいなすのも忘れて真剣に返していた。

「兎?」

ぴょこり、と脳裏に浮かんだのは、真っ白のほわほわとした毛並みの兎だ。石榴の一粒のような赤い目がそこで輝いている。その兎のことだろうか、と思っていると、座り込んだまま三郎の視線は僕を飛び越えて、もっと遠いところに向けられていた。振りかえれば、月。

「そう、兎。どうして、あんなに目が赤いか、知ってるか?」

そんなことを急に聞かれても、どう答えればいいのか分からなかった。色素が、なんて言葉を三郎が求めているわけじゃないのは、その月を眺める眼差しに宿る色から分かる。謎かけのような問いは、いつも彼からのサインだ。何かを吐露したくて、けれども誤魔化そうとしているときの、彼の癖。本音を偽ることを得意とする三郎の。

(まるで月みたいなんだもの)

満ちては欠け、欠けては満ちていく。どれが本当の姿なのか、惑わされる。本当はどれも三郎の姿なのに。光が当たらない所は失われているのではなく、ただ、見にくくなっているだけにすぎないのに。-----------隠すのが上手すぎて、腹が立つほど上手すぎて、僕は時々泣きたくなる。

「どうして?」

できるだけ明るく尋ねたつもりだったのに、僕の声は震えた。

「独り月に取り残された兎は、泣いて泣いて、目が溶けるくらい泣いて、だから目が真っ赤になってしまったんだって」

兎は淋しいと死んでしまうというけれど、僕たちもそうなのかもしれない。独りで生きていくことができるほど、僕は強靭くはなかった。僕は三郎の傍に屈み込むと、そっと彼の方に手を伸ばした。ひたり、と触れた彼の頬は、とても冷たかった。アルコールに浮かされているはずの熱はどこにもない。胸に満ちる秋の馨は鮮やかな色をしている。そこに、そっと三郎の匂いが染み込んだ。アルコールと煙草と香水と、それから、ほんの少しの孤独と。

「雷蔵、私は君を倖せにできているかい?」

三郎が何に怯えているのか、一瞬で分かってしまった。きっと、結婚した友人の倖せそうな様子を目の当たりにして、実感してしまったのだろう。結婚という形で結ばれることはないのだ、と。そのことに、ひとり打ちひしがれていたのだろう。三郎は馬鹿だなぁ、と、今度は愛しさに胸が震えた。馬鹿だなぁ、三郎は。

「当たり前だろ、お前以外に僕を倖せにできる人がいるなら、教えてほしいよ」

瞼裏にたゆたう月が、静かに潤んだ。泣き止んだとき、きっと僕らは兎みたいな真っ赤な目をしているんだろう。


「三郎を独りにはさせないよ」












文仙


月やたらと大きく見える。放たれた月明かりに闇は中和され、まるで海に潜っているときのように世界は青に包まれている。違いといえば、息苦しくはないといった点くらいであろうか。漕いでも漕いでも掻き分けることのできぬ星の海でさえ、今宵はやたらと遠慮しているように見て取れる。暑い暑いと思っていたが、こうやって縁側に腰を下ろしていれば、肌を撫でる風は土気の冷たさを忍ばせていて。直に、肌掛けの布団が必要になってくるだろう、とぼんやりと考えていると、

「月が綺麗な晩だな」

ふつ、と途切れた虫の音色に唐突に訪れた静寂、背後から届いた文次郎の声はやたらと大きく響いた。ちらり、と視線を右斜め後ろに向ければ、どっしりとした固い足を見受けた。深く削られた爪は、生まれたての月のような形をしている。今、夜を照らし出しているそれとは対称的だった。そこからゆっくりとヤツの体を辿るようにして目線を上げていけば、やがて、視界にヤツの顔が映り込んだ。さっき独りごちただけなのだろう、ヤツの視線は私ではなく、遠い宙へと漂っている。やけに素直な言葉は、きっと無意識のうちに出たものだからだろう。

「何だ、お前でもそんな風流なことを口にするんだな」

だが、敢えてからかってみれば、は、っと文次郎は己が漏らした言葉の気恥ずかしさに思い当たったのか、暗がりでもはっきりと分かるほどに顔を赤らめ「馬鹿たれぇ」と消え入りそうな声の大きさで悪態を吐いた。

「なぁ、文次カ、散歩でも行くか?」
「何だ、急に」

見上げた先のヤツは怪訝そうに眉間を寄せて口をへの字に曲げている。何かよからぬ事を考えているのでは、と言いたげな面持ちに「別に意味はないさ、ただ、月が綺麗だからな」とさっきのヤツの台詞を付け足す。すると文次郎はもう一度呟いた。「馬鹿たれぇ」と。

「こんな月が明るい晩に歩き回る忍びがいるものか」
「忍びではなく、単に潮江文次郎という存在ならば構うまい」
「もう風呂にも入ったんだが、」

ヤツの言葉にようやく気づいた。私も彼もまた寝間着を纏っていることに。さすがに着替えてまで出て歩く気にはならず「仕方ない」と私は断念の言を告げた。ヤツの瞳が僅かに揺れるのを感じ取り「何だ?」と追求する。しばし「いや」とごねるように返事を躊躇っていた文次郎は、それでも敵わないと判断したのか渋々口を開いた。

「珍しく素直に引き下がっ、ってぇ! てめ、何も脛を殴ることねぇだろうが」

きっちりと入れた手刀を返し「そこに突っ立ってたお前が悪い」と痛みに悶絶する文次郎を睨みつける。全く失礼なヤツだ。私が当てた部分を屈み込んで抑え込んでいた文次郎はそのまま、私の隣に滑り込むように腰を下ろした。ぶらり、と脚が投げ出されたが、肌蹴た夜着の隙間からは痣だとかを見受けることはできない。頑丈な男だ。多少の事じゃ壊れることもあるまい。私の視線を感じたのか、文次郎は「本当に痛かったんだぞ」とふて腐れたように呟いたが、それを無視して、視線を上げる。

「まぁ、いい。ここで月を眺めるのも、また一興だろう」

まだ動かぬ月は雲でさえ退散させてしまうほどの力があるのか、時々、覆い隠そうとする雲をすぐに追いやって、辺りを青く青く照らし出していた。これ以上満ちることのない月は魔物を魅入らせそうなほどに妖艶であった。

「望月には不思議な力があるそうだ」
「どんな?」
「見ているものを素直にさせるという」
「それでさっきは、ってぇ!」

全く学習しないヤツだ、と今度は手を抓っておく。さすがに今回は失言とすぐに悟ったのか、それ以上文次郎が私がした仕打ちに対して抗議の声を上げることはなかった。穏やかな沈黙に虫の声が彩りを添える。あまりの美しさに、月に目を奪われていると、ぼそりと耳を温かな声が包み込んだ。

「綺麗だな」
「あぁ、これほど見事な月も珍しい」
「違ぇ」

否定の言に意味が分からず、視線を文次郎に移せば、その深い深い黒眸に満月が泳いでいた。



「お前が、綺麗だ」