雷蔵、と呼ばれたような気がして、僕はうっすらと目を開けた。ゆったりとした闇は昼間の熱を含んだままその場に居座っている。首だけ横に傾けて「何?」と、三郎の背中に問いかけた。白い寝巻きのせいか、ぼんやりと浮かび上がる背中が呼吸に合わせて、一定の速さで、膨らんだりへこんだりし続けている。
返事は、なかった。

学年が上がれば、それなりに個人の居場所が欲しくなる。入学して二人部屋で始まった寮生活も、たいていの場合は、独り住まいになっていく。退学だったり、その他の事情だったり。それでも、何の因果か上級生になっても相手も留まっている部屋もある。僕たちみたいに。そんな場合に、と学園の方は几帳を用意してくれた。これで部屋と部屋の間を仕切れ、ということらしい。けれど、僕たちは、なんとなく、ついたてを立てられないままにいた。

もう一度だけ、「何?」と問いかける。今度は、少しだけ上体を起こして。とっくに肌蹴た掛け布団は、まるで蝉の抜け殻みたいに足の方で丸まっていた。砂埃の乾いた匂いが僅かにして、当面、雨は降らないのだろう、と推測する。なのに、貼りつく湿気。枕に寄せていた髪が首筋に絡む。籠った暑さに酸欠しそうだ。

少しだけ見下ろす格好となった三郎の眼は、しっかりと閉じられていた。縫いつけられるように瞼が下ろされ、長い睫毛が淡い影を落とす。猫のように体を丸めて、変わらない速度で呼吸し続ける。けど、僕は知ってる。彼が起きていることを。でも、それを問いただすことはしない。いや、できないだろう。

ついたてで遮らないのを訊くことができないのと、同じように。
ぼくはまほうをつかえない







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