On the next day of Christmas



1日遅れですが、感謝をこめて。

はちや と ふわ
たけや と くくち
しおえ と たちばな





pict by ふわふわ。り











































「雷蔵、」

いつだって、三郎からの電話は突然だった。けれど、まるで、僕がそこにいるのを知ってるかのように、僕がこの家を訪ねて来た時を狙い撃ちしてくるみたいに掛ってくる。今回も、そうだった。だって、ここは三郎の家なのに、電話に出た途端、僕の名前を呼ぶのだから。

「いつも、思うんだけど、何で最初にそう言うの?」

普段は平気なのに、ふ、とした瞬間、どうしようもなく三郎が足りなくなって、こっそり三郎の家に行く。表向きは「片付けしないと埃が貯まるだろう」って事にして。けど、そうやって三郎の家にいると、なぜか電話が掛ってくるのだ。僕の家の電話や携帯には、一度だって掛ってこないのに。見透かされてるみたいで、ちょっと、むかつく。

「だって、出るのは雷蔵だろ」
「僕以外だったらどうするのさ?」
「雷蔵以外はありえないよ」
「何で?」
「だって、合鍵を渡したの、雷蔵だけだし」

遠いラインから聞こえてきた三郎の言葉は、ノイズ一つなくて、びっくりするくらいクリアに届いて、僕の耳は火傷するんじゃないかってくらい熱くなった。それが恥ずかしくて、さらなる熱を産む。心臓の音が彼に聞こえるわけじゃないけど、なんとなく、耳に押しつけた受話器を少しだけ離した。三郎は、ずるい。

「……で、どうしたの?」
「正月明けに、一度、帰るよ」

驚きが満ちる一方で、前にもそんなやり取りしたなぁ、ってぼんやりと思う冷静な僕もいた。何も初めてじゃない。相談もなしにこの国から出ていった三郎は、急に電話してきたかと思うと「帰るよ」と告げて、こっちの都合も構わずに戻ってくるのだ。それで数週間はいるんだけど、それから、またいなくなる。「一週間に一回ぐらいは連絡をくれ」と約束を取り付けても、守られるのは最初だけで。結局、いつだって向こうが連絡してくるまでは三郎が生きているのか死んでいるのかすら分からない状態なのだ。

「今、どこにいるの?」

三郎が告げた国の名は、彼にしては珍しく、割とよく知られた所だった。すごく寒くて、雪なんかが、ばんばん降って、きっと毎年ホワイトクリスマスになるんだろう、ってイメージ。行ったことはないから、本当にそうかは分からないけど。

「あ、言い忘れてた」
「何を?」
「メリークリスマス」

ハミングするような踊っているような三郎の楽しげな気配に、受話器にため息を零しながら「三郎、お酒、飲んでるでしょう?」と尋ねた。すると彼は「おぅ。よく分からないが、おっさんに奢ってもらった」と嬉々として返してきた。それから、馬鹿でかい声で「メリークリスマス雷蔵! 愛してるぞ」って叫んだ。その途端、僕の中で、何かが切れた。ぷちん、って大きな音が聞こえるくらい、はっきりと。

「馬鹿、三郎、もう、こっちはクリスマスじゃないよ」
「え? あ、そうか、時差があるから、そっちは26日か」

こっちが腹を立てているってのに、三郎はのんびりと返してきたものだから、ますます怒りが募ってきた。

「そうだよ、26日だよ。どこぞに行ったきりの連絡のない馬鹿が帰ってこないから、僕は一人でクリスマスを過ごしたんだ。たくさんの人に誘われた。告白だってされた。恋人がいてもいいって言われた。けど、お前がもしかしたら帰ってくるかもしれないから、僕は全部断ったんだ。なのに、お前ってヤツは……」
「ら、雷蔵」
「もう知らない、三郎なんて大嫌いだ」

もう待たない、って宣言した瞬間に、僕の目からぼろり、と熱い物が零れ落ちた。火の粉が入ったみたいに目蓋がチカチカとして痛い。後から後から伝う涙を堪えることができない。遮断されなかったラインから、はっ、と三郎の息を呑む音が聞こえてきた。こんなにも遠い距離にいるのに、すぐ傍に居る時よりも、息遣いがずっとはっきりしている。生々しい。

「雷蔵、ごめん」
「謝らないでよ。…三郎はずるい、謝ったら許されるって思ってる」
「ごめん、あ、……けど、この言葉しか見つからない」

分かってた。三郎が酒に逃げないと電話できないことも、その電話で三郎が話を発展させようとする度に(別れ話にしろ、一緒に来ないかって誘いにしろ)、話題を逸らして有耶無耶にしてきたのは僕のほうだってことも。本当にずるいのは、僕の方だった。

「チャンスは一回きりだからね。今すぐ帰ってきて。いい? 年内なら許してあげる。今年の間は、待ってる」

イブにもクリスマスに降らなかった雪が、ふわふわと窓の向こうで揺れていた。






































バイト先から、クリスマスに入ってもらったお詫び(という名の廃棄)で貰い受けたイチゴショートは、生クリームは微かにピンク色になっていた。口に入れると、クリームがちょっと水っぽい。賞味期限が切れると、コンビニ商品ってのは、どうも急に不味くなると思う。いったい何が入れられてるんだ、と思うこともしばしばだけど、苦学生としてはそれで命を繋いでるわけで、文句は酸っぱいイチゴと一緒に飲み下した。

「ハチはさ、いつ頃までサンタ、信じてた?」

生クリームにまみれたイチゴをつっつきながら、唐突に兵助が尋ねてきた。こたつに入ってるせいか眠たげな眼をしていて、それでいて、さっきまで静かだったから、うたた寝でもしてるのかと勝手に思ってた。日付は2時間以上も前に変わってる。バイト代が跳ね上がり、なおかつ、いろんな奴に「代わってくれ」と言われた俺はこの2日間、ほぼ寝ずに働いた。友達から恋人に昇格して三度目のクリスマスだったから、兵助は俺の経済状況を理解してくれていて、最初は26日の夕方に会うことにしていた。けど、「やっぱり、会いたいし、待ってる」なんてメールが夜も遅い時間に入っていて。バイト上がってから、原チャを飛ばして帰ったけど、やっぱりクリスマス当日には間に合わなかった。

「ハチ?」

急に話しかけられたもんだから、ぱさぱさしたスポンジが喉に詰まった。ぐぅ、と胸を抑えていると、兵助は「大丈夫か?」と卓上にあった湯呑を寄こした。すっかり温くなった緑茶でケーキを押しこむと、ようやく呼吸が楽になる。サンキュ、と兵助に礼をしてから、俺は続けた。

「どうだろうなぁ? 結構、早くに気づいてたと思う。親がサンタって」

ほら、俺ん所、兄弟多いだろ、と付け足すと、兵助は事訳を知りたそうな顔をしていたもんだから、「兄貴にばらされたんだよ」と更に言葉を重ねた。

「そっか」
「おー、お陰で、すっかり擦れた子どもになっちまった。そっちは?」

俺の冗談に楽しそうに笑う兵助に尋ね返すと「俺も早かったよ」と兵助はかき混ぜてたフォークを皿に置いた。ワントーン下がったような気もしたけど、流れのまま「なんで?」と問うと、さっきまで溢れかえっていた笑みが潮のように引いた。そのあまりの速さにびっくりして、--------それから、失敗した、と思う。幼いころから、明るく自分の思いを素直に出して誰とでも仲良くすることができる、と通知表に書かれ続けてきた俺の長所は、時として人を傷つけるのだ、と分かるようになったのは、伸び続けた身長が止まりかけた頃のことだった。ごめん、と謝りたくなる心を抑えつける。謝ったら、余計相手に嫌な思いをさせてしまうだろう、そう知ったのは、つい最近のことだった。何か別の話題を探しに部屋をきょろきょろしてると、

「小学生くらいまでは、一年に一回だけさ、父さんが会いに来たんだ」
「そうなんだ」
「ん。でさ、サンタから預かってきた、ってクリスマスプレゼントを持ってくるわけ」

最悪だろ、と紡ぐ兵助の眼は、迷い猫みたいに頼りなさそうだった。こたつ布団に投げ出された彼の拳は、きつく、握りしめられていた。きゅ、っと白くなった爪がその強さを物語っている。

「本当に小さい頃は、さ、思うわけ。俺がいい子じゃないから、サンタクロースは来ないんだって。けど、
 それがさ、ちょっとずつ、すり替わってくのな。俺がいい子じゃないから、父さんは会いに来ないんだって」

だからクリスマスは好きじゃなかったな、と淡々とした口調で語る兵助に、すげぇ後悔が俺を襲う。無理をしてでも、24日か25日に一緒にいればよかった。色々考えたけど、結局、悪りぃ、って頭足らずな言葉しか思いつかず、それが出そうになった瞬間、兵助が口を割った。

「ごめん、ハチに変な顔、させたな」
「兵助」
「今は、そんなに嫌いじゃないよ、クリスマス」

だってハチがいる、と柔らかな笑みを浮かべる兵助に、俺は泣きくなった。俺は彼の手をこたつ布団から引き受けると、ぎゅうぅ、と強く強く握りしめた。軋むような祈りと共に。どれほど俺がお前が愛しているのか、ちゃんと、伝わりますように。どうか、どうか---------。世界中でたくさんの人が祈りを捧げた次の夜、俺は、その神様に、そう願った。






































終電の時刻が過ぎたと分かるや否や、仙蔵は急にグラスを開けるピッチを速めた。酒癖があまりよろしくなく、しかも、無自覚なだけあって、何度も「そろそろ帰るぞ」と声を掛けたが、奴は「どうせタクシーで帰るんだ。何時になっても同じだろうが」と頑として譲らなかった。しかたなしに付き合い、ようやく仙蔵が「帰るぞ」と宣言した頃には、店に残っているのは俺と仙蔵だけだった。もちろん、そんな時間だ。店の外に出たはいいが、なかなかタクシーはつかまらなかった。とにかく大通りに出ようと、コートの襟を立て、静寂に眠る街に靴音を響かせる。

「なんでタクシーがいないんだ」
「仕方ねぇだろ、こんな時間なんだ。駅までいきゃ、見つかるだろ」

前に、あんな電飾でぐるぐる巻きにされて街路樹もさぞかし迷惑してるだろう、と仙蔵に言ったら「お前は女ごころが分からないやつだな」と一蹴された、そのイルミネーションも、さすがにこの時間は息を潜めている。有名ブランドショップが連なる洒落た通りも、イブならともかく、25日も過ぎた夜更けとなれば、人はほとんどいない。ふ、と視覚に刻まれるほどよく見知った店のロゴに目が止まった。店自体はとっくに照明が落ちていて暗いけれど、手前のショーウィンドーの中は、彩度を絞った橙色の温かそうなライトが商品を柔らかく照らし出していた。それこそ、昨日、俺が店に飛び込んだ時と同じように。けど、そこに散らばっていた緑や赤のリボンや包装紙、金や銀の星はもうどこにもなかった。

(クリスマスも終わっちまったんだな)

そのことに気付いた俺は、急に、右のポケットが重たくなった。突っ込んでいた指先に触れる硬い物。ショーウィンドーのガラスに映ってる自分がやけに情けなさそうな顔していて。余計、ため息が深くなる。他の事はともかくとして、どうも、仙蔵相手になると調子が狂うのは、とっくの昔に自覚済みだった。

「何、ぼんやりしてるんだ、文次郎」

もたもたしている俺を不審に思ったのか、数歩分だけ先に進んでいた仙蔵が振り向いた。 「もう、正月なんだよな、と思って」と仙蔵が立っていた脇の別の店のショーウィンドーを示す。中にはクリスマスとは別の色調の赤と緑が並んでいた。獅子舞に羽子板の羽、小さな凧や門松までディスプレイしてある。

「クリスマスが終われば、すぐだな」
「早いな、一年」
「お前、どこぞの年寄りみたいだな」
「うるせぇ」

俺が噛みつくと仙蔵は艶やかに唇を緩め、それから、ずい、と手を俺の方に寄こした。手袋をはめてない指先は随分と白く、闇に溶けてしまいそうだった。手でも繋げ、という事なのだろうか、と俺はコートに突っ込んでいたコートから手首の辺りまでを出すと、仙蔵の眉間に刻まれたしわが深くなった。

「違う。ポケットの中身」

ポケットの中に残された指先に、ラッピングのリボンが引っ掛かった。驚きのあまり、体が静止する。

「……知ってたのか?」
「あれだけ、会った時からそわそわとコートに手を出し入れしてればな」

楽しげに口角を上げた仙蔵に恥ずかしさが込み上げてくる。はやくしろ、と言わんばかりに、仙蔵の掌がさらに近づいた。そっとポケットの中から小さな箱を取り出すと、今度は仙蔵が驚きに目を見張る番だった。「指輪なんて、これで私を縛る気か」なんて言われそうだ、と棘のある言葉を見越して、足元の靴を眺めながら待つ。けれど、しばらくしても、仙蔵の声が空気を揺らすことがなくて。変に思い「仙蔵?」と視線を上げるのと、胸元に衝撃が来るのが同時だった。

「仙蔵?」
「遅い、」
「すまん。……メリークリスマス」

俺の胸に顔を埋める仙蔵の「あほ、もう、過ぎたぞ。26日だ」って言葉は鼻声で、全然迫力がなかった。くすぐったくて、泣きたくて、愛しくて。俺は、仙蔵の髪に唇を落としながら、もう一度呟いた。

「そうだな。けど、メリークリスマス」